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2009年6月

「闇の子供たち」を観た

タイで密かに行われている、子供たちの売春、臓器密売の実態。
という予備知識があったもんだから、そこそこ、まぁシリアスな映画なんだな、と覚悟はしていたつもりだった。

何をか言わんや。

とんでもなく、重い。重たすぎる。
悲しいとかつらいとか、もう、そんな生っちょろい言葉じゃ語れない。
そう、この作品は、見終わったあと何も話せなくなる。
ただ、やりきれない無情のため息が吐き出されるだけだ。

金を出すほうが悪いよ、いやいや売るほうが悪いって。
とかそういう単純な論争こそ、高みの見物だったと思い知る。

子供を助けたいがために違法と知りながら金を出す親、だけが悪いだろうか。
利益のために弱みにつけ入り暗闇に誘い込むやつら、だけが悪いだろうか。
子供を小銭欲しさに売る親、だけが悪いだけだろうか。
性欲を満たすために買うやつら、だけが悪いだろうか。

そういう人たちを、一般的とされる一つの事例を挙げ、十羽ひとからげで、悪いとか悪くないとか言い切れるだろうか。

ラストの江口を見ていると、一体誰が苦しんでいるのか、何が苦しめているのか、誰を責めたらいいのか、何に怒りをぶつけたらいいか、わからなくなる。

わからなくなって、もう、貧しい国事態、根っこっから腐ってるよ、と思うと同時に、それを腐らせた豊かな国の欧米人、そして、日本人たちを見ると、世界中が狂ってる、ってもう諦めるしかないのだろうかと、どうしようもない気持ちになる。

そんな狂った世界に、理由もわからぬまま巻き込まれてしまった子供たちの瞳は、常に健気で美しく、生きたいという願いが溢れ出ていた。
だから尚のこと、この腑抜けな世界の醜さが際立った。

宮﨑あおい演じるNGO員は本当にバカ女である。
チャリティ番組なんかで教わったような正義ばかりを振りかざし、無謀に小手先だけでどうにかしようとしていた。ともすれば事態を悪化させ、関わった人たちを闇雲に傷つけ、自分のエゴだけを押し通し、悦に浸っているようにしか見えなかった。
その姿がバカすぎて、NGO団体からクレームがくるんじゃないかと思うほどだ。

あの国の人たちにとって、買春をする日本人も、臓器に大枚を叩く日本人も、NGOの日本人も、同列のただの「ガイジン」に過ぎないのだろう。

阪本監督もさることながら、江口洋介がこの映画のこの役をやってのけたその姿勢に、どうしてもこの映画を作り、観て欲しかったという想いが伝わる。
ただただ、観て欲しかったのだと思う。

この映画を観たら、明日からこうしてほしい、これからはこうしないでほしい、なんて、簡単には言えないという作り手のもどかしさが、そのままダイレクトに響いてくる素晴らしい作品である。

映画館で観るんだった。後悔。

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Magic Voice

何気に「音楽寅さん」を毎週見ている。
今日、桑田佳祐は「悲しい色やね」と「酒と泪と男と女」を唄っていた。
怖ろしいほど名曲に聴こえた。

この歌、好きじゃない。
なんとなく、すごく悲しいよ、すごく寂しいよ、ってあたしのみたいなウツの押し付けブログ読んでるみたいだし、つーか、わざわざ関西弁ってところが必死感まるだしでかっこわるい。ともかく、嫌いだ。いや、どーでもいい歌だ。

しかし、まぁ、どうよ、桑っちょが唄ったら、泣きそうになった。

小田和正は綺麗な声だろうけど、あまりに愛想がないし、物足りない。
コブクロはうまいんだろうけど、ねちっこくて、わかったわかったしつこいよあんたら、暑苦しいよ、ってなる。

桑田さんの歌唱や声は独特でものすごくクセがある濃い味なのだが、胸焼けがしない。
リピーターになってしまう。
それはもう彼のキャラクターや風体も相まっているのろうけれど、カラリとサラリと切なげ、時には楽しげ。何を唄ってもほどよくその歌の聴かせどころが嫌味なく伝わってくる。

すこしまえの「チョッコレイト、チョッコレイト」のCM曲が、桑田の持ち唄になってしまっていて、度肝抜かれた。まさにイリュージョン。

どうでもいい歌も名曲に聴こえてしまうほどの、桑田佳祐の声と歌唱法は、国宝である。
世界遺産に認定しても全く異議なし。

歌スタってのを見てると、どっかで聴いたことある、もどきもどきばっか。つか、そのボーカル、もういるからいらねーよってのばっか。おりこうさんのお歌うたいばっか。
そんなのばっかになるのかしら今に。

桑っちょとカラオケに行きたいのだが。
片っ端から、いろんな歌を唄いなおしていただきたい。
あたしも唄わなきゃいけないだろうから醜態をさらすことになるのも覚悟の上。

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「唯一の糧」

「白夜行」観終える。

本当にこの歌は好いと思う。
歌唱の酷さも気にならぬほどの好い歌だ。
だれか、歌い直して。

作詞が柴咲コウとなっている。
どうしても、そうだと言い張るなら、まぁ、この名前の人が作詞をしたってことにしておきます。

正直こんな詞が作れる才能があるなら、ミュージシャン一本で十分食えるはずだし、他の曲もどの曲も、世界観がバラバラで、あーそうか「シバザキコウ」さんっていっぱいいるんだな、いわゆる総称だな、ということで納得することにしました。「キムラカエラ」に似て蝶。

いろいろ腑に落ちないこと多々ありだが、大変好い歌で、それだけでよい。
このドラマになくてはならない歌。
救いにも、慰めにもならない歌。
それだからこそ、このドラマにふさわしい。

見終えて、PC開けて、メールが1通。
タイトル「恋人や結婚相手探し - 婚活するならエキサイト恋愛結婚」
本文「こんなの見つけたよ!おもしろ半分でもとりあえず、検索すれば2~3千人ぐらい候補者が出てくるよ」
げ、スパムかよ、と、削除しようとしたら、差出人は父親だった。

このドラマを隣でずっと観ていた母親は「暗いドラマね」と一言吐いて「口直しになんかバラエティとか録画したやつないの?」と訊いてきた。

最初からもう一度観よう一人で。

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「嘘っぱちの人生」

 「亮ちゃんさぁ、白夜って知ってる?」
 「・・・」
 「夜なのに太陽が出ててさ、夜が昼みたいになってさ」
 「何だよ、それ」
 「ダラダラ、グズグズ、人生は続いてゆくって話」

溜め録りしといた白夜行を一気見している最中。

DVDに焼いて、保存しておこうとおもったが、やめることにした。
いまさらだけど、DVD-BOXを買うべきだと思ったから。

やっぱり何度見ても好きだ。

醜く過ぎて美しいものが好きです。
優し過ぎて憎悪を抱くものが好きです。
眩し過ぎて目を逸らしてしまうものが好きです。

汚いところへも、綺麗なところへも、どこにもいけず、
本物にも、まがい物にも、なれなかったから結局。
だから、異常に憧れるのです。

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呑まれて飲んで

日テレ日テレ日テレ日テレ、フジテレビフジテレビフジテレビ、テレ朝テレ朝テレ朝テレ朝・・・すげーなオードリー、出すぎだろオードリ。稼げ、貯めとけ。

毎週末、氷結シリーズにお世話になっている気がする。
アル中にでもなりたいのだろうか。

「必殺仕事人2009」をここ何週間かちゃんと見ている。母が見ているついでに。
でもって、これ、ちゃんとおもしろい。
おもしろいってのは、昔の必殺にちゃんと沿っているから、おもしろい。
とにかく話の内容が暗い。
幼い頃、「必殺」といえば、「暗い」だった。
見てはいけない大人の世界の闇を今見ているのだなと、思ったものだった。
汚い、つらい、苦しい、大人の世界なんて、嫌なものだと思ったものだった。
ちゃんとその印象を受け継いでいる。
ジャニーズだらけではあるにしろ、音楽もそうであるが、本当に内容が悲惨でそれは必殺の伝統に則っている。
社会的弱者が誰一人、笑うことはない。
この恨みを晴らしてくれ、と、小銭を投げ出し、苦悶の末、死んでゆくのだ。
悪人が死んでも、誰一人、笑うものはいないのだ。
時代劇とはこういうものだった。陰湿で、救いのないオチだった。
見終えてなんともやりきれない思いになるだけだった。

新米の仕事人が、正義に満ち溢れ、金を受け取らず仕事に掛かろうとする。
すると、中村主水が、金を受け取れと諭す。
「俺たちはな、金をもらって、人を殺す、ろくでなしなんだ。そのことを忘れちゃいけねぇ」
かっこよすぎるのである。
主水が仕事をする時のBGMも当時と変わらない。
給付金などの現代のキーワードを盛り込みながら、必殺シリーズの魂を残したままというところが、すばらしい。おもしろい。もっと見ておけばよかった。

地デジのおかげで、登場人物の着物が美しいったらない。
主水の色褪せた羽織も、一層物哀しい。
でもやはり、必殺にはフィルムが似合っている。
あの画面の粗さが弱者の無念さと強者の傲慢さをより重厚に映した。
まぁ仕方がない。時代だ。
そう考えると、もしかしたら、デジタル必殺の方が、より、演出に手間が掛かっているのかもしれない。

ってさ、必殺の話で終わるのかしら。
このハナキンの最中、こんな話で終始するのかしら。

何かむしょーに腹の立ったことや、うっすら涙が滲むほどの無常感に襲われたことがあったような気がするのに。

氷結と、全て、ひととき、ひとまず、流れ去った。
だから酒を飲むのでしょうとどっかの歌にあったような。

録音しておいた「シャンプーおじさん」でも聴くのだ。

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世界一愚かな質問

そうだ朝から今日、テレビに向かって久しぶりに憤慨極まりないことがあった。

全盲のピアニストがなんだかすごい賞を獲ったんだそうだ。
正直、彼は生まれたときから盲目なわけで、彼にとったらその状態は不自由でもなんでもないんじゃないか、それに、両親がやけにハデで、あげくエイベックスってところが、いろんな金の臭いがして、ともかくそういうもろもろの理由で、このニュースに関しては美談の欠片も感じない。

それはさておき。

彼が帰国して記者会見をした。女がとんでもない質問をしていた。
「もし、一日だけ目が見えるとしたら、何が見たいですか?」

はぁ?はぁー?はぁぁーーー?
なんでそんなこと訊くの?
なんでよ、なんでなんで、そんなこと訊くのよ。
あんたが神か魔法使いかドラえもんかなんかで、一日だけ見えるようにしてくれるっつんなら、話は違うよ。でもさ、ね、あんた、本当に、逆に人間?言葉を職業にする人間ですか?

初対面のやつに「もし、一日だけ、若い頃に戻れるとしたら、何がしたいですか?」
っておばさんのあんたが逆に訊かれたら、どういう気持ちがする?

ニューヨークの真ん中で「もし、一日だけ、白人になれたら、何がしたいですか?」
ってあんたアフリカ系アメリカ人に訊ける?

そんでもって、この質問に対して清々しく彼が答えたもんだから、またそれを番組で取り上げ「いやぁ素敵ですね」なんつって、バカもバカがそろいもそろって。

そーじゃねーだろ。
そこじゃなくてさ。

この質問の何がおかしいの?って言われそうな世の中みたいなので、
もう、無理ですあたし。

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「おっかねぇ」

って「こえー」って意味なのかと勘違いしたまま、ずいぶん乱用してしまった。
しかもこれが東北弁だったなんて露にも。
青森県人松ケンが遣ってたから、間違いなんだろうけど、「信じらんねぇ」、それこそ。

辞めよう。
と、毎月思う。
来月からは楽になるだろう、なるだろう、と、騙し騙しでここまできてしまった。
しかしながら状況は悪化の一途。
この不況の最中でも、夏でも、仕事はあるのだろうか。
「あたしたちにはもう時間がないから早くしたほうがいいと思う何事も」
とイッコ下の妹からメールがきたけれど、時間って?制限時間って?誰が決めたんだ?あたしの制限時間は、あたしが死んだときに決まんじゃねーのか?と、ガラスの十代みたいな青臭いことを思ったりした。

松ケンはそら豆が嫌いなんだそうだ。

私は青豆に殺されたい。
彼女なら、苦痛も、後悔も、未練も、何も感じぬまま、携帯をパタンと二つ折りにするより早く、殺してくれる。

帰りの地下鉄の駅のルンペンが、自分のたくさんの荷物を整然と片付け、その真ん中で本を読んでいた。
私の部屋の何百倍もキレイだった。
私はルンペン界においても落ちこぼれるんだろうな、きっと。

昨日レディースデーで「グラントリノ」観ようと、新宿に行ったら満席で、銀座に行ったら、「当劇場のレディースデーは金曜日となります」と張り紙があって、疲れ果ててしまって、そして今日がきて、その疲れも醒めぬうちに、疲れが上塗りされたから、こんなにも全てが嫌なのかしら。

流行っているから、乗り遅れないように、って「1Q84」を買っている人がいるけど、そんな人が読んでも、ちっとも面白くないと思う。読めないと思う。村上作品ってそういうもんだと思う。
私だっていわゆるハルキニストみたいな人に「とりあえず、最初はこれから読んだほうが賢明」と薦められた「羊をめぐる冒険」から入ったから、ここまであほみたいに村上教にハマれたわけで。(とはいえ、エッセイなんて読まないけど)のっけ、「ノルウェイの森」なんつったら、「あぁああ?」っつって、途中で断念していたと思う、絶対。

そんな今日だったので、春樹なんかを読んでしまうと、眩しいほどの喪失感でいっぱいになって、泣きそうになってしまったので、この本を電車で読むのを断念しました。

何度読んでも号泣してしまうのは「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」で、ハードボイルド・・・の男が最期に近づいたときの独白部分だ。

松ケンのノルウェイは、ぴったりだと思いますが、観ませんね。

今日はそれでも、偶然つけたテレビにオードリーが出てきて、しかも2回も出てきて、ラッキーと思いました。
そんなとき、不覚にも黄色い声で騒いでしまった自分が不憫でなりません。

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元気です

特にないわけ。

そうだなぁ。

「お前はマサコとおんなじ病気だ、セッショク障害だ」
あぁ?
「人と接することができない、誰とも関わりたくない、そういう病気のヤツが増えてんだよ」
あー“接触”の方ね。そんな病気あんのんかい。ともかくその診たては間違っちゃないですけども、マサコって誰?
「マサコだよ、マサコさま」
あぁー、チーム皇室のマサコちゃん?あらそう。そうか。いわゆるひとつの怠け病だ。
「いや、接触障害だ」

どっちでもいいけどね。
まぁ、娘に向かって、よく言えたもんだね、70%ボケ老人の父よ。

たまに会っても、株と不景気とアメリカの話しかしない、ともかく、金に繋がる話を延々とループする彼にしたら、よくやったほうか。

今はオードリーと1Q84に夢中だから心配しないでください。

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今日の日はさようなら

今日、またひとつ、人体が腐りました。
よく生きたね、生きてしまったね、また今年も。

たいへんよくがんばりましたの証に「若林 談志になる さぶいぼver.」をDL。
それから、探しに探しまくって、ラジオもDL。
それから、氷結も飲みましたし、ケーキも食べました。

もっとちっとアルコールを入れたいのですが、コンビニ行ってもいいかな?

いいともと声がしたので、行ってきた。
おかいけい555円。
あーなんかびみょー。777じゃないのかよ、この際。

おかあが「え?今日誕生日?6日じゃなかった?6月6日・・・666・・・あ、あれはオーメンか」

ダミアンの誕生日は覚えていても、娘の誕生日は忘れてしまったか。
だよね、一般的に、普通はそうだよね。そうなるよね。
だって、あたしのおかあだものね。

苦労して探し当てたわりに、今週のシャンプーおじさん、おもしろくねかった。
酔っているからか?酔ってたらなんでもおもしろくなるんじゃねーのか?

まだまだだな。
オードリーならなんでもおもしろいってわけじゃないんだな、オデ。
ミスチルなら、桜井なら、なんでも好い歌、みたいなわけにゃーいかねーのよ。

コンビニに行く道々、ひとりだなぁとおもった。
後ろを振り返ったら、下水の流れる音しかしなかった。

むかしむかしの彼氏とゆわれた人たちは今日があたしの誕生日なんてもう忘れてんだろう。あたしだってもう誰のも覚えてないもの。

今日のテレビ、つまんなかったよなぁ。
どうでしょうの「夜釣り」もちっともおもしろくなかったものなぁ。
どうでしょうならなんでもおもしろいってわけにはいかないのよ。
ミスチルなら、桜井なら、なんでも、みたいには・・・酔ってるからさ、多少、だからDVD観る気にもならないしさ。

つまんなかったなぁ。
今日さえ。

つれぇなぁ。
明日さえ。

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バンドMのボーカルSは究極のMである

 ダレモガ ミナ ナミダスルホドノ
 トワノ ウタヲ ウタイタイ

何もねぇので、いまさらながら、ミスチルの今回のツアーで、わかったことをひとつ。

桜井和寿は途轍もないマゾヒストであると知った。

「ロックンロール」を唄う前のMC。この歌に出てくるロックンローラーは「昨今の環境問題、社会問題に取り組んでるような」それではないと、揶揄するような口ぶりでふざけていた。

お前が言うか、その口でと。

そして思った。
この人はわかってやっている。
メジャーな音楽をやるということはその先に環境破壊が必ずついてくる。
人を一斉に大量に移動させる。それだけで十分、破壊活動だ。
そんな大規模な音楽活動をしながら同時にエコ活動をやってやろうと豪語している。
いろんな批判、非難が轟々となることも、全部わかってやってる。
わかってるというより、わざとやっている。

今や、ミスチルといえば国民的ポップスター。
私はこれまで数え切れない転職を繰り返し、多くのどうでもいい人たちに会って、どうでもいい質問に答えてきた。
「好きな音楽は?」→「ミスチル」、「好きな芸能人は?」→「だから桜井和寿」。
その回答に対して「ミスチルぅ?桜井ぃ?きもちわるっ!」と言ったのはたった一人だった。他は「あーいいよねーミスチル」「桜井さん、かっこいーよねー」という声ばかり。

自分の中から溢れる出す音を、言葉を、一人でも多くの人に聴かせたい。感動させたい。売れたい。
音楽をやり初めた頃の思いはそうだったに違いない。
そして思い描いていた通り以上になった。
今やMr.Childrenが、桜井和寿が、どんな歌を唄おうと、どんなメッセージを投げかけようと、みんな笑顔で受け入れてくれる。

おもしろいだろうか、そんなの。

そこで彼は少しでも自分を悪く言う人を増やしたいと考えたのではないか。
自分の音楽を受け入れない人を増やすということは、自分の音楽を聴かせるべき人を増やすということだ。
そのためには認められ尽くした音楽だけではどうしても限界があった。
そして、うまい具合に落ちていた「エコ」を見つけたのだ。

ダイエットをするためにドカ食いをする。
あくせく働きたいためにムダ使いをする。
ハイになるためにウツになる。

たまにそういう風に見える人がいる。
というか、たまに、自分がそうなんじゃないかと思えることがある。

こんなのと同列にするのはどうかと思うけど、ともかく、このまったく馬鹿馬鹿しいループ作業を延々と繰り返すことで、彼はすばらしい音楽を延々と作り出すことができているんじゃないだろうか。

加えて、エコの結末なんて、100年後にしかわからない。
桜井和寿は「向こう100年音楽を作れる」というこの上ないよりどころを見つけたのだ。

あんしんあんしん。

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硝子の芸人

昔むかし、ビートたけしが事故に遭って、顔がめちゃくちゃになって、退院して、朝、記者会見の様子を見た時、私は化粧がままならなくなるほど、ボロボロ泣けてしまった。
その顔の凄さに同情してしまったからだ。
その後、どこかで松本人志が「あれは記者会見をやるべきではなかったのではないか、芸人はどんなことをしても“かわいそうだ”と思われてはいけないものだ」というようなことを言っていた。
今となっては、とんがってたなぁ松っちゃんは、と思うばかりだが、昨夜、眠い目を凝らしながら見たテレビで、その言葉を思い出した。

「堂本兄弟」の若林は“かわいそう”だった。

前にめちゃイケで「一番歌がヘタな芸人」を決めるというような企画をやっていて、そこでも若林は唄っていた。やらせでもあそこまで音程は外せないよってほどの歌唱力で、度肝を抜かれるほど大笑いをした。
それは、めちゃイケは「お笑い番組」であって、その企画の括りが「歌がヘタな芸人を笑ってやろう」だったからだ。

昨日の「堂本兄弟」が笑えなかったのは、何よりも、あれは「お笑い番組」ではないからだ。「音楽バラエティー」とか言い張ってるけど、まず、キンキキッズなんてただの関西弁なだけでちっとも面白くないし、単に、ミュージシャンばかり出演させるとお金も続かないし、たまに芸人やタレントも出しちゃうから「バラエティー」と後付けしたに過ぎない。

それに、唄わせたシチュエーションが、むごすぎた。
ステージ、ライト、客もいて、「音楽番組」のテイをとっている、そこで、唄わせる。
なにより、堂本二人はさておき、演奏者たちは皆、名だたるプロミュージシャン。
彼らはクスリともせず、黙々と楽器を奏でる。そこに、あの歌声。
顔面蒼白で懸命の若林。笑顔の固まった春日。

演奏が終わって、番組が終わる。
誰ひとり、いじることもなく、ただ終わる。
唄い終った若林のこわばった表情に、前半のトーク時の言葉が蘇る。
「音楽の授業、ピアノの前で唄わされるのが本当に嫌で、そのまま教室を飛び出した」。

トークがオチのフリになることもなく、哀しげなモノローグになってしまった。
これは単なる公開弱い者イジメではないのか。
そしてとうとう私の中に、芸人にとって致命的な思いが過ぎる。
「かわいそうだよ」。

そもそも何がいけなかったか。
この番組に出たのが間違ってた。出させたと言ったほうがいいか。
どうしても堂本を絡めたいんなら「正直しんどい」かなんかで、ちょい唄わせてゲラゲラやるくらいでよかったんじゃないか?
それでも前半のトークはひどく面白かった。若林フィーチャータイムだった。
だったら歌の部分はなしんこでよかったのではないかと尚のこと思う。
トークだけで十分、芸人としての勤めは果たしたではなかろうか。

例えば、黒木瞳みたいな「私ってきれいなだけじゃなくて歌がうまいのよ」って人とか、俺はジャイアンみたいに「誰に迷惑かけようと唄うのが大好きなんだぜ」って人が、あーゆー番組にでて、しゃあしゃあと唄うならまったく問題はない。視聴者は「ブっ」って指差して笑うだけだから。
でも、若林は、唄うことをちっとも楽しんでいなかったし、むしろ、大嫌いなのだ。
それを、ネタにして笑ってくれるならまだしも、あんなシチュエーションで唄わせられ、なんのいじりもフォローもなく、終了。
あれじゃ拷問だ。

“寒い笑い”とか“すべり芸”とか、そういう風に見せたかったのか?
だとしたら、大失敗だ。
そういう演出も中途半端な作りの番組のくせに、えらい博打をして、それに借り出された若林は、ただただとばっちりをくっただけだ。

とにかく、私にはそういう風にしか見えなかった。
芸人がそういう風にしか見えなくなったら、殺されたも同じだ。

録画しとけばよかったと思うほどの立川談志のものまねは、似てなささとくだらなさとわかりづらさで笑いの渦。その中でオロオロする気弱な若林の針が振り切れて、本当に面白かった。
「トラウマになった」と若林は連呼していたが、こっちはもうそれどころじゃない。
彼の持ちネタのようになった「心が折れました」の決まり文句を聴くたびに、昨晩の「硝子の少年」を唄う姿を思い出して、今後ちょっと笑いづらくなるんじゃないだろうか。
それこそトラウマになりそうなんだけど。

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