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2009年3月

「ユニコーンツアー2009 蘇る勤労」に行った

 そう君が 泣いていた あの頃に もう一度 会いたくて
 まだ君が 元気だった あの頃に 言いたくて

Unicorn

3月18日(水)茨城県立県民文化センター。

なぜに水戸?といわれたもんだった。
けれど水戸にして本当によかったんだった。

奥田氏いわく
「ある意味、名古屋より遠い水戸」

まったくその通り。あんた鈍行で行ってごらんなさい。
へたな国内は本当に遠い。

けれどやっぱりユニコーンは小規模ホールだ。
なんでアリーナなんかでみなけりゃならんのだ。
そういうわけで、横アリを蹴り飛ばし水戸にしたのだ。

赤い緞帳が降りた向こうにメンバーの影が写る。
その瞬間泣きそうになったので、ユニコーン復活がこんなに嬉しいことだったのかと知る。

ユニコーンファンたちのバカすごいとこ。
懐かしい歌だけが盛り上がるというわけではないというところ。
それはもちろん、作り手の衰え知らずという所以もあるわけだが。

ともかく、ユニコーンってこんなに芸達者集団だったけかと驚くことしきり。
EBIちゃんってあんなに妖しかったか。
川西くんってあんなにパワフルだったか。
テッシーってあんなにキモおもろかったか。
アベちゃんってあんなに王様だったか。
民生ってあんなにふざけてたか。

「おかしな二人」「大迷惑」「ヒゲボー」「車も電話もないけれど」「人生は上々だ」「ロック幸せ」・・・とまぁ、もう、ずいぶんビジュアルだけではなく音もぶっとくなった懐かしどころの歌の中で特筆すべきは「PTA~光のネットワーク~」。
いわずもがな、TMネットワークを彷彿させる曲。
当時流行し始めていたコムロ。この時期再びコムロ。ユニコーン的演出。
パーカーを着た、それ系ファッションのEBIと川西。
この二人がいとも容易くラップを唄う。
いま巷で流行ってるのなんて、いくらだっていつだって、俺たちゃやれんだよと。

民生がEBIのベースをひょいと担ぐと、EBIが鍵盤を叩き、
民生がドラムを叩けば、川西くんがマイクを持つ。
アベちゃんがギターで、今度はテッシーが鍵盤を叩く。

オールラウンダーだ。

昔の歌を唄う民生は、「若い人の歌を唄っているおっさん」だった。
当時からなんだかおっさんくさかったその独特な動きは、今はばっちり板についていた。

ともかく、MCは、衣装の話だの、テッシーのパンツの話だので、ファンを煙に巻いたような、もう悪ふざけとしか思えないおっさんたちのバカ騒ぎ。
しかしこれが音を鳴らし出すと、どっこいただもんじゃないのよと見せ付ける。

3時間、大笑いして、大汗かいて、拳を振り上げて、こんなLIVE久しぶりだよ、いつぶりだよ、あーユニコーンぶりじゃんか、16年ぶりじゃんかと。

いつから私は人生を重ねて、音楽を聴くようになってしまったんだろう。
すがるように、音楽を聴くようになってしまったんだろう。
あの頃は、こうやって、LIVEはただただ楽しかった。
この人らの音楽が楽しくて仕方なかった。
それはきっと、ユニコーンだけ、ではなかったからだ。
他にも楽しいことがたくさんあった中の、あくまでも音楽はそのひとつだった。

今はどうだろう。
恥ずかしげもなく、唯一無二だのねミスチルは!とか言っちゃう始末。
しょーもない人生だ。

それから改めて、ミスチルのはLIVEじゃないと今回はっきりときっぱりとわかった。
あれは、宗教会、煽動集会。
そういうテイで泣きにゆこう。
しょーもないけど、しょーもなくでしか、もう生きれない。

「すばらしい日々」を最後にやって、泣いている人もいたが、
それより、アンコール前の「HELLO」のほうに、視界が滲んだ。
ファンへ、自分たちへ、今へあの頃へ、向かって響いて、切なく優しい。

水戸駅発21:55の最終に乗り遅れると、明日の会社が、ホテル代が、ともかく金が。
てわけで、終了と同時に会場から走り出た。
おばちゃん、走る走る、また走る、あげく走る。
余裕で間に合い、常磐線に乗り込んだ時、おれ、まだいけるんじゃないかと、清清しい気分になった。

せっかくなったのに。
2、3日、このような通常営業していたら、日々の嫌なことで、あのLIVEはもう遠い昔々のことのよう。
楽しいことなんて、あっという間に埃がかぶる。
だからせめてブログに残す。

「納豆製造のお忙しい中、ネバネバした手でチケットを握り締め、ネバネバした拍手をいただき、ありがとうございました」

という気の利いたMCも聴けたところもひっくるめて、本当、茨城行ってよかった。

ユニコーンたち、お辞儀をして、はけた。
民生も再び、深々お辞儀をして、ステージからいなくなった。
歳をとったね、お互いね。

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息も絶え絶え

銭ゲバを1話から見直し、ユニコーン茨城に行き、
20世紀少年欲しいし、オードリーの単独ライブ行きたいし、

と、
いちおう書きたいことは多々あれど。

いかんせん、1日も経っちまうと、ブログメンドクサイとなって、まぁそんなこんなで。

金が欲しい。

と、不変的願望だけをとりあえず書き記す。

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最終回

とにかく今はテレビや音楽、何も入れたくない。
しばらくは「銭ゲバ」の余韻に浸っていたい。
「世紀末の詩」「あしたの喜多善男」。この2作品がこれまで好きだった。
けれど軽く越えてしまった。

妹から「何これ、意味わかんない」
母から「ぜんぜん衝撃じゃないわね」
全部無視。
語るに値しない。
こんなやつらには、
私の代わりに風太郎が吐き捨てるように言葉を浴びせたからそれでいい。

そして私も浴びせられた。

前回はWBC、今回は上地。
まさに、“浮かれた”裏番組に泣かされたが、それも銭ゲバらしくていい。
こんなドラマ、万人に受け入れられて、大盛況になるわけがない。
なったらこのドラマは駄作だったんだろうから。

もういちど観てからブログ書く
ともかく今は、本当に、良いドラマだったと書き残す。

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ケっ

毎朝、地元のしょぼい映画館の横を通るたび、ケっとなるポスターがある。
名探偵コナンのポスターだ。
苦悶の表情のコナンの横にひとこと「逃げられねぇ、か」と書いてある。
タイトルはといえば、左下にちっさくあるだけ。
何をかっこつけてるんだよ、小学生のくせに。いや、高校生か、どっちにしても、かっこつけすぎだろこのポスター。キムタク的かっこつけ方だ。この映画をつくってるやつらがかっこつけてる。そもそも、コナンは嫌いなんだ。人間的に嫌いなんだ。
そんでケっとなる。

ケっと朝からなったのは、エイベックス社長の松浦だ。
「傲慢になった」とか「金が人を変える」とか、松浦にだけには言われたくない。
いわば彼は6億5千万円で小室を買ったのだ。小室はえらい高利貸しに身売りしてしまったもんだ。もうこれからは、松浦の犬となり、下僕となり、搾り取られ続ける人生しか待っていない。だったら刑務所に入ってしまったほうがましだったんじゃないだろうか。よりよい音楽がかけたんじゃないだろうか。それとも小室に余計なことを喋られないように手元に置いておきたかったのか。ともかく、社長、今日のベックス株はどうでしたか。

ケっより、今は、へぇぇっ、だ。
オードリーだけは、イッパツ屋で終わって欲しくない。
悲しいかな人気が出れば出るほど、漫才を見ることができない。
屈折した破綻盛りだくさんの春日の「春日キャラ」も見逃せないが、私はなんつっても若林が好きである。若林がおもしろい。冷めた第三者的ツッコミで叩く、かと思えば、春日ワールドに浸かって腕を組む。単独ライブ行きたいのである。ミスチルよりはチケット取れるだろうか。

これまで、自分の周りにむやみやたらに積み上げてしまった、楽しいと思うことと、惰性でやっているだけのことを整理し、残すものと捨てるものをはっきりとさせれば、人生は幾分ましになるというブログを読んだ。

楽しみねぇ。惰性ねぇ。
それ以前に、やらなければいけないことしかないのだ、私の人生は。
ばぁい。

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ビーズ・ブートキャンプへ入隊せよ

 「桜井和寿 体調不良 公演延期」

という文字を見たらば、まず、蘇るわけです。
またか、脳が痛いのか、サクちゃん、と。
いくらなんでも2度目はもうだめなんじゃないか。
そうか、天才ミュージシャンはいつの時代も短命だ。
そうだねそうだね仕方ない。
はてさて私はどうやって後を追おう。
心置きなく後を追おう。
ならもうこんな会社、お昼休みでおさらばしてもいいんだ。
もうもう働かなくていいのだー。

などと心が軽くなったりしたものの、いや本当は、それよか桜井さん、本当に大丈夫かしらと、いちおう人間らしく心配したりなんかしたらば。

インフルエンザ。
つか2、3日で治るなら、あんたそれは、風邪です。

「すみません、風邪気味で医者に行きたいんで今日お休みしてもいいですか?」
ってOLか。
いや、最近のOLさんは「こんくらいの風邪、仕事してりゃー治るわよっ」て来るんだな。
だので、ハケンか。

そんなこと言ったって桜井さんだって人間だしぃって?
人間の前に、プロやん。
いくら貰ってんねん。
単純な、体調管理不足。
本人、スタッフ、妻、猛省せよ。

 コンディションを整えるための、すべての手を尽くしても

いやだから、こうなったことが問題なの。
風邪だとかインフルだとかそういうの予防することが第一だろよ。
それが何より、一番の仕事でしょ。

 やっぱり今日はカブトムシくらいにしか声が出ません。

出んじゃん。
出んなら、カブトムシだろうが、ハエだろうが、歌えよ。
ともかく、今日の公演の穴を空けることなく、やりきれよ。
それからだろ。
「納得できるLIVEができなかったから、今日来たお客さんを招待して、もう一度やらせてください」だろ。
氷室さんはそうしたぞ。それがプロだろ。それがロックだろ。

あ、そうでした、ロックじゃねーか、どっちかってと演歌かって、あほかぼけ。

そんな無理したら次の公演に影響がぁって?
だったら、次の公演から順次延期すりゃいいじゃん。
そのくらいの金はあるだろよ。
ともかく、今日の今日、ドタキャンなんて、ありえない。
ハケンだ。そんなのあたしと同じダメハケンだ。

 田原のギター・・・を楽しみにしていた人 その楽しみを奪ってしまって

そんなの楽しみにしてるやついるかよ。
楽しみにするほどの仕事してねーっつーのよあいつら。
まさしくとってつけたようなセリフ。

 インフルエンザがまた流行ってます、体調を崩さぬよう皆さんも気をつけてください。

って、あたしらがインフルなるのと、あんたがインフルなるのと、一緒だねー、みたいなテイにしないでくれます?

桜井くんのコメント、いらなかったな。
つか夫婦のくだりもいらねーだろ。差別的だ。
だめだわ、この人、歌だけ唄ってりゃあいいわ。
私の怒りを逆なでしただけだった。

小脳梗塞ん時は仕方ない。予防しようがない。
だけども、インフルなんて風邪なんて、あんた、あたしだって、会社のおじいちゃんだって、予防できてるのよ。

どうせ「桜井さん、振り替えしてくれてありがとう、無理しないでね」とかって多いんだろうがよ。このファンにしてこのミュージシャンありでさぁな。

前もJENが手を怪我したとかなんかあったべな。
老いか、おごりか。
ともかく、なめとんな、あいつら。

よし、これはまとめて、あの2人に鍛え直してもらおう。
B'z兄さんだ。
あの、地獄のシゴキ合宿に、参加すべきだ。
プロとはなんぞやと、音楽でお金を貰うとはなんぞやと。

才能だけありゃーいいってもんじゃねーんだと。

松本プロ、稲葉プロ、どうぞ、しごいてください存分に。

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バカな人間がひとり死ぬってだけの話、だとしても

 「でも僕は、人を愛さないんですよ」

人が死ぬたび風太郎はうなされる。
悪夢から目覚め、半狂乱で泣き叫ぶ。
金庫にとびつき、札束を抱くと、彼の心は落ち着きを取り戻した。

 「世界がね、歪んで見えるんですよ」

死んだ左目で見る風太郎の視界が初めて映像になっていた。
真っ二つに分かれ、ぐにゃりとした世界。
彼はずっとこの景色をみていた。
母親が死ぬときも、人を殺すときも、ずっとこの景色の中にいた。

愛人を家に連れ込む父親に追い出され、
雪の中、辿り着いた母との隠れ家を、彼は再び訪れた。
つらいことがあったらここに来ようと約束した場所へ。
彼は、初めて人を殺した夜もここへ来た。
盗んだ財布を抱きしめ、幼い彼はその小屋の柱に誓いを残した。

 “金持ちになって 幸せになってやるズラ”

緑と風太郎、二人の場面がほとんどだった。
天涯孤独となった二人は、番いの鳥のようだった。
羽もぼろぼろで傷だらけ、金に疲れ果てた二羽の鳥。

 「僕はいずれにしろ同じような道を辿ってたと思いますよ。
 どんなに貧しくても、お金を恨まない綺麗な心の人たちもいるでしょうね。
 だけど僕は違った。それだけのことです。」

定食屋の家族が借金に追われ、風太郎に金を無心する。
包丁を風太郎につきつけ、金をよこせと脅す。

 「どこいっちゃったんですか?
 あれだけ大事だっていってた心は?
 がっかかりだなぁ。がっかりだ。
 まぁあれですよね、くだらないってことですよね、人間なんて、ねぇ?」

心が大事だと信じた母と幼い自分の分身でもある家族が
金で見る見る崩れていった。

 「さようなら
 あんたらみたいなのがいるから、この世界は腐るんだよ」

そう、吐き捨てたと同時に、風太郎は覚醒する。
貧乏な母親も自分も、この世界に不要な人間だったのだと。
幸せなんかになれるわけはなかったのだと。
本心はわからないが、私にはそう見えた。

この場面から、一変、風太郎の目は、空虚に包まれる。

命と引き換えに10億をもらった父親が、もて余したと金を返しにくる。
ここで、これまで何故、風太郎は父親を殺さなかったのかも明かされる。
それは母親と約束したからだった。
父親があんなになってしまったのは会社のせいだから恨まないで欲しいと。

 「どうぞ、生きてください。
 たった独りで、お好きなように、生きてください」

 「お前はどうすんだよ」

 「さようなら、おとうさん。いつまでもお元気で」

もう、風太郎はうなされることもなかった。
天気の良い朝、穏やかに目覚めた風太郎は、母親との隠れ家に向かう。
自分を殺すために。

何故死ぬのかと緑に訊かれると、何も映らない空っぽの表情で彼は答えた。

 「僕が間違ってなかったって、わかったからですよ」

間違っていなかった。
お金なんてなくても幸せになれると思っていた自分も。
そう思うことはとても愚かであったと気づいた自分も。
金持ちになっても幸せになんかなれなかった今も。
貧乏でも幸せを感じられたあの頃も。

次で銭ゲバ最終回。
何にすがって一週間を乗り越えたらいいのか。

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脱力

母につきあい、銭ゲバを録画にまわしてまで見てたWBCで、イチローがあっさり打つわ、あっけなくコールド勝ちするわで、肩透かしを食らう。

そんなことより
「相棒」の新相棒がミッチーに決定で、肩透かしを食らう。

及川ミッチー。
元歌手だと思ってたら、まだこの人お唄やってた。
ごめんねミッチー。
右京とかぶる気がするのだけど。
でも憎めないミッチー。
アラフォー世代の相棒ファンおばちゃんたちを黙らせる魔法の名詞。
それはミッチー。
すごく好きって人もいなければ、すごく嫌いって人もいない。
ゆえにミッチー。
亀山がいなくなるということへの異常なまでのあの拒否反応がバカらしくなる。
なぜなら答えがミッチー。
毒にもクスリにもならない昨今のJポップのようなキャスティング。
それが、及川光博。

本当は大泉洋を期待していたけども。
でも、ミッチーなら、まぁ、なんかまた見てやろうかな。

だって、ミッチーだっつーんだもんさ。

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淡金

うちの会社のW浅野な女がとうとう言ってた。

「・・・というわけだから、よろしこ」

「こ」って言ったでおい。
彼女そういやー浅野温子に似てなくもなくもない。
きっとあの頃似てると言われて、その道を進んだんだろう。
そのうち「~してちょんまげー」ってお願いされたり、「だしょー?」なんて同意を求められたら、私はどうリアクションしたらいいんだろう。
歳、ひとつしか違わない。信じられない。
けれどこのひとつが大きい。
バブルの頃、共学の地味な高校生なのと、ちゃらい女子短大生であるのとでは大きく違う。
今ならよかったと心から思える。地味な世界に生きてきて。

もとより地味な世界に浸かるその上に、最近じゃあ己から陰気を発しながら生きているからかどうか、いつの頃からか、淡々としている、と人から言われる。
淡々としなければ、生きていけないからなんだが。
顔を洗う前、お風呂に入る前、メンドクサイと言ったすぐ後、考えるな考えるなと考えて、なんとかやっている。
情熱的だよねぇと呆れられていたなんて、本人ももう思い出せないのだった。

映画をぜんぜんみていない。今の私には1000円だって高すぎる。
20世紀少年も10巻で停滞中。
金金金。

金ってのが出てきちゃったら、もう、何も書けない。

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自爆

液晶テレビがやっとやって来た。
ボケおやじが設置中に気が付いたそうな。
このくそ都民住宅にはまだ地デジさまはいらっしゃってないことを。
液晶でアナログを見るこの侘しさ。
画面が滲んで見えるのは涙のせい、なわけもなく。

定額給付金がやって来るらしい。
我が江戸川区は2月1日時点の住民票の登録先ということだそうだ。
ここに住んで2年目。転出入届け、まだ。
1万2千円、受け取る資格、ないのかしら。ぼんやり。

ミスチルの武道館チケット譲りますってあったから、
急いで応募して、よかれと思ってつらつらつらメッセージ作成してたら、募集終了。

遅かったり早かったり、このうねうねした時代の流れに、
みなさんはついてゆけてるのかしら。
どうしてゆけてるのかしら。

ミスチルっちゃあ、徳島の会場で爆弾予告あったっつって。
うっすら、あーそうなってしまってもよろしかったのにと過ぎったのであります。
ミスチルが終われば、もろとも私も終われますのに。
何がって、アスティとくしまのキャパは5000人だっつのが注目。
そうだったのか、行けばよかったな。
行ったら行ったで、共に散っておしまいたかったと、一層、心のこりだったろう。

月曜日に、2009年初ズル休みしたぞ、って友にメールをしたらば、
このご時世にいろんな意味でびつくり、と返ってきた。
今も尚、友を驚かせることができるんだって、私は自身を取り戻す。

道を歩く一歩一歩さえ、もう、何かを考えたら終わりそうだ。
ただ、右と左をじゅんばんこに出す、道を踏み潰す、時間を踏み潰す。

銭ゲバの視聴率が最低記録を更新。
時代の流れなんて。

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ゲバを語る

 「何を弱気になってんだか銭ゲバのくせに。地獄に行くことぐらいわかってるズラ、最初から。上等じゃねぇか。地獄行きと引き換えに俺が証明してやるズラ。結局、金なんだってな。人間は金で動くんだってな」

風太郎は、底へ堕ちるたびに、銭ゲバを巨大化させ、這い上がる。
回を重ねるごとに風太郎が銭ゲバとして成長し、それと共に、風太郎の本意がどんどん見えにくくなる。そうなればなるほど、彼への魅力は何故か増してゆく。

新たに明かされるエピソードがある。
彼が単に、貧乏だからこうなったのではないと知る。

幼い頃殺人を犯し、行く当てもなく彷徨う風太郎を匿ってくれたホームレス。
少年は、ホームレスを信じ、殺人の罪を打ち明ける。
ホームレスはその情報を警察に1000円で売ろうとした。

彼が人の温かさに触れ、ふと、穏やかさを取り戻すたび、そんなものは幻想や錯覚に過ぎないと知らされる。
いつも金によって。

そうやって金が教えてくれたものを全て飲み込み、育て、ここまできた。
それを、他人にも教え広めるように、次々と周囲の人間の、愛、善、情け、誠意、誇り、それらを虱潰しに、札束で握りつぶしていった。
誰が傷つこうが、泣こうが、死のうが、構わぬその姿は、まるで親切で警告しているのだとさえ思える。
世の中金だから、みんな騙されるなと。ほら、言ったじゃないかと。

風太郎を愛する痣のある女がいた。
彼女は騙されていたと知っても尚、風太郎を愛していると言った。

 「私のこと嫌いですか?居るのも嫌?居なくなればいい?死ねばいいと思ってる?」

彼は答える。

 「はぁ。―どうでもいい。お前のことなんて最初から興味も無い。お前が死んでいようが生きていようが、どうでもいい」

それでも彼女は愛の言葉を囁き続けた。
その言葉はドラマによく出てくるような感動的なもので、全ての悪さえ愛に変わるようなセリフだった。
しかしこのドラマの中では、それさえ、滑稽に響いた。

風太郎を温かく迎えてくれた定食屋の家族たちがいた。
彼らは「貧しくても大切なのはお金じゃない」を絵に描いたような人間だった。
いわば、母親と幼き自分の残像だった。
その彼らにさえ銭ゲバは容赦ない言葉を浴びせた。

 「くだらねぇ負け惜しみ言ってんじゃねえよ。お前らみたいなクソ貧乏人の顔なんか見たくねぇんだよ。帰って虫けらみたいな人生せいぜい楽しめよ」

この次のシーンが印象的だった。
彼らが帰り、彼らが持ってきた菓子折りを、投げ捨てたはずのそれを、丁寧に拾いテーブルの上に乗せ、座り込み、独り、空(くう)を見上げるシーン。

風太郎のいるその部屋に、虚無感や寂寥感が充満する。
数えるほどしかない良かった頃の思い出を、彷彿とさせるあの家族たちを蹴散らし、ひたすら銭ゲバの道を進むことへの虚しさを、彼自身わかっていながら、増幅させているように思えた。
なんとも言えないその複雑な感情を松山は見事に横顔だけで演じていた。

松山ケンイチだけではなく、あのドラマは、余計な役者が一人もいない。
わけわかんない外人が決めたアカデミーなんかより、名役者揃いだ。

目を覆うばかりの彼の悪行はエスカレートしている。
それを見届ける視聴者は憎悪しか抱かないはずだが、そうさせない。
さりとて同情を誘うだけではない。
そういうところが、これまでのもっともらしいテーマを掲げて進行してゆくドラマと一線を画している。

家族を破滅させられた緑が「ちゃんと憎むため」に風太郎の故郷を訪ねる。
彼への同情はイコール、世の中金だと認めることになるからだ。

私も風太郎を知りたい。
みどりのそれとはまるで違うが、
彼への同情はイコール、彼を否定することになるからだ。
けれど、疾うの昔に死んだその目からは何も読み取れない。

何も生産しない、何も訴えない、見ている側をただただ打ちのめし、虚しくさせる。
このドラマの本意も、風太郎の本意と同様、濁って見えない。
現実とひとつも違わないこの作り話から、1秒も目が離せない。

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「B'z LIVE-GYM Pleasure 2008 -GLORY DAYS-」を観た

 ぜったい会いましょう いつかどこかで

行ってもいないLIVEのDVDを見て、こんだけ大笑いして、泣くとは。
しかもそれがミスチルのではなく、B'zのでとは。

お二人は今、音沙汰ないようだが、そらそうだ。
休ませてやってくれ。中年のおっさんには相当な消耗であったろう。
彼らのLIVEの最後は「せーの、おつかれ!」と言って〆るのが通例だそうだが、いやもう、ほんとお疲れちゃんだよお前がな、と突っ込みたくなるほどの一部始終が、収められている。

ともかく、ファンでなくとも行きたかった。
私のような、曲を聴けばなんとなく口ずさめる程度とか、妹がファンでなんだかんだで呪文のように聴かされてるとか、そんくらいの人間なら、十分に楽しめただろう。

20周年ということで、殆ど、シングルで耳なじみのある曲ばかり。
途中の小休止には懐かしい“あの頃”のVTRが垂れ流される。
これが、ひどい。
“あの頃”ってのは、妹でさえ大嫌いだった頃。
今B'zが嫌いな人たちはあの残像がちらつくからなんだろうな、の頃。
ステップに夢中で、薄化粧に夢中で、肩パットに夢中の、カメラ目線のB'zの頃。
テレビ初登場の映像は、特に、ひどい。
何万という、もう絨毯のように敷き詰められたファンの前で、恥がさらけ出される。
絨毯は波打ち、もう、遠慮なく、大爆笑だ。
怒涛の笑いの渦の後、二人が登場し座りトークが始まる。
まったりと思い出話をして、二人が始めてセッションしたという「Oh! Darling」をやった後に、「いつかまたここで」をやる、二人だけで。
なんとなく稲葉さんの瞳が薄っすら光って見えて、さっきの大笑い映像も、全てがこれのフリだったのかと、まんまとこっちもグっとくる。
このB'zぼっちの時間は「LIVE-GYMはまだまだ続きます!」の言葉で終わり、1枚目のディスクも終わる。
眠くても、2枚目に手が伸びる。

そういえば、あまりに、またかよの風景で言い忘れたが、雨がザァザァ降りだった。
だもんでこのDVDのジャケットは雨粒がデザインされている。
妹に見せてもらう彼らのLIVE DVDは雨が多い。
この20年切っても切れないものの一つが、やっぱりちょうどこの20年目の良き日もそれであったというのも、どこか神懸かっている。

9月の雨に濡れるおっさんたちは、そういうわけで、後半は満身創痍の様相。
何かに憑かれたようなステージアクトに目が釘付け。
あげく大サービスに短パンが復活。
見逃せない。その足の細さに加齢は隠せない。

特に2人の絡みはなんだか新鮮で、松本さんの横で堂々とやれるまでに成長しました稲葉くん、というのが、垣間見えて、またググっときたりしてしまう。こういうところは、NHKのB'z特番もセットで見れば、尚のこと感慨深い。

彼らの歌は常にLIVEを想定して作られているのもよくわかる。
目の当たりで聞いているファンは心から楽しいだろう泣けるだろうという歌ばかりだ。
途中、松本さんがソロでギターをチャラランというテイで弾くのだが、不思議なことに、作詞家でなくても、なんだか言葉が出てきそうになる。
彼の奏でる旋律は言葉が乗せ易くなってるんじゃないかと知り、再び、この男の音楽モンスターっぷりを確信してしまう。

ロマンチストでかわいらしい詞が野太いロックに乗っかったり、優しいメロディに破綻がちらつく歌詞が乗っかったり、と、私が当初よりB'zに好感が持てるようになったのは、まず、歌をちゃんと聴いたからだ。
だから、是非、食わず嫌いなどせず、歌をまず聴いて欲しいのだと切に訴えたい。

DVDの話に戻るが、ともかくスタジアムでやってるのに、LIVEハウスに思えるほど、その空間にいた人たちが同じ音楽でもって、一体化し、狂喜乱舞していた。

耐え切れなくなったので、比べるが、ミスチルのLIVEは正直、他人にオススメできない。LIVE行くなら、そのお金で是非DVDを買ってくださいと、悪いことは言わないからと、低調にご案内することにしている。
シャンシャシャンの民謡風手拍子。左右へ手を振るいわゆるスイーツ(笑)なフリ。
今回のツアーじゃ、どうせ「HANABI」の“もう一回 もう一回”のところで、みんな人差し指立てて「もぉーいっかい!」てやるんでしょ?大塚愛かっちゅうの。

B'zもフリみたいなのをやってたんだが、それは稲葉さんが考えたもので、なんちゅうか、楽しむための一つの小道具になっていて、むしろやりたい。「恋心(KOI-GOKORO)」、すっげやりたい。

LIVE佳境。
ラスト前の2曲目「孤独のRunaway」は、20周年なんてただの通過点なんだと、言い切るというより、言い聞かせてるように見えて、かっこいいを通り越し、凄まじい。

全ての最後、二人はステージから降り、アリーナ席の周りをぐるりと一周する。
ファンに手を振り、時には握手をして、二人が右周りと左周りに別れて、てくてく歩く。
先にステージ戻った稲葉さんが、手を広げ満面の笑みで松本さんを迎える。
それに答えて松本さんも笑顔で手を広げ駆け寄り、二人はこれまでのお互いを称え合う。
その瞬間、音楽の世界できっと多くの苦汁を飲んできたであろう松本さんが、溢れ出そうになるものを堪え、顔を歪める。またまた、グググっときてしまう。

 「これまで皆さんがくれた声援に心から感謝します」

確かそんなことを言っていた。これまで数多のアーティストが乱用したこのセリフ。
けれど彼らは心からバカみたいに本気でそう思っているのが、このDVDを最初から最後まで見ればわかる。
今日、ここにこうしていられるのは、目の前にいるファンのおかげなんだと。
だからこそ、惜しみない過剰なまでのファンサービスが隅から隅まで溢れている。
彼らの歌、言葉、表情から、伝えきれない感謝の気持ちが。

良い音楽が生まれるのもこの自然のおかげなんだっつて、地球ありがとうっつて、暢気な桜井さんちの和寿くんに、トホホとさせらてるファンとしては、
やっぱり、やっぱり、何度も、毎回、事あるごとに、羨ましい。
本当に、幸せだろうなと思う、B'zのファンは。

ちょうどボイトレでNYに滞在していた妹は、このLIVEには行けなかった。
負け惜しみに聞こえるだろうけど、と彼女はしみじみ言った。
「このDVD見て、あまりに楽しそうで、ちょっと行かなくてよかったかもって思ったよ。こんな楽しい時間が終わっちゃったら、空っぽになって、普通の生活で何もできなくなってたよ」

間違いなく、幸せだ、ファンも、あの二人も。

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