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2009年2月

お悩み

 知らない方が良かったと 思うことがこの世にある

この歌わりーけど毎度スキップ扱いなんですいやせん、意味不明この歌、すいやせん。
て、ミスチルを慢性的に惰性的に聴いているような毎朝毎昼。
聴きたい音楽がひとつしかないというのは幸せでもあり退屈でもあると。

それよか今は、この、10年以上も続けたDHCという化粧品からの脱却で頭がいっぱい。
突然、目の周りが乾き始めたと思ったら、赤く、ひりひりしだした。赤みはとれたものの、乾きは止まらない。なぜだなぜだ。加齢にDHCがおっつかないのか。
よせばいいのに2ちゃんのDHC板を見てしまったからサー大変。
もう、使うのが気持ち悪い。しかし金もないし、ありものを使うしかない。
2ちゃんにそんな多大なる信頼を置いてるわけでは全くないけれど、火の無いところに煙は立たないと思うのだ。
コスメオタクな人に、何を使ってるの?と訊かれ「でーえちしー」と即答すると、皆さん微妙な引きつりを隠せないご様子なのは常々感じていたけれど。
いろんなコスメサイトを検索し、よしこれだ、と決めたとたん、口コミを読み進めれば進めるほど、悪評が目に付く。もうなにがなんだかわからなくなってしまった。

そんな感じで久しぶりにそういう女みてーなことをいってみた。

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下落

会社で大笑いした。初めてだった。

前の席のお姉さん(つってもきっと年下だろうけど)は会社で唯一まともな人で、
例えば私がシャチハタを落としてころころ転がると「旅に出たかったんだね」と言ってしまうような、
例えばブラインドを開けて陽の光を浴びながらせめて仕事をしたいというような、
そういう、私とは間逆の人で、この掃き溜めに甘んじているのが不思議でさえある。
その人が、大笑いをしたので、つられて笑っただけのことなのだけれど。

久しぶりに大笑いをした後、
いつも大笑いをしていた頃のことを思い出して、異常に寂しくなってしまった。
迂闊に大笑いなんかしなければよかったと後悔した。

迂闊に高級クリームに手を出して肌が荒れて後悔した。

己の身の丈を常に念頭において過ごしているつもりですが、
その落下速度に最近ついてゆけない。

そういえばユニコーンのライブ、迂闊に水戸にしてしまって、ちとめんどい。

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獣以下

 「くだらねぇ、くだらねぇよ」

風太郎は大金を手に入れた。
けれど金持ちになって本当にやりたかったことは、何ひとつできないことだったのだと、母の墓前で立ち尽くす。

 「だもんで、金の使い方がよくわからないんだ」

とりあえず彼はその金で、刑事、使用人、父親、ともかく今目の前にいるハエどもの弱みを金で買った。

そしてかつての母にそっくりな路上生活者の女を見つけると、彼女に札束を無理やり渡した。
彼はとうとう大切な想い出も金で買った。

僅かに残った後悔も、償いも、後ろめたさも、不安も、何もかもを金で片付けた。
そうやって、自分を納得させていった。
金さえあれば、と。

ミムラのお嬢様が風太郎を罵倒するシーンは見ごたえ十分、この世の両極にある醜いものが交じり合いぶつかり合う。

 「あなたを見ててつくづく思ったわ、貧しいってやだなぁ、お金持ちの家に生まれてよかたなぁって」

路上生活者の女は、金の奪い合いで仲間たちに襲われて死んだ。
ラストシーン、風太郎は叫ぶ。

 「どうして?なんでだよ?金が一番じゃないのかよ!金で幸せになれないのかよ!」

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思い出より銭ズラ

日一日、確実に潰して金曜日おめでとうございます。

とはいえ何もない。金もない。
20世紀少年も予算の都合上10巻でストップ中。

ユニコーンがアルバム初1位ってこれ皮肉。
解散した時の最後のシングルも初1位だった。
そういうわけで、最近、アラフォーをターゲットにしたバンドたちがうじゃうじゃ復活。
その理由も、解散やら休止やら復活やら再結成はビックマニーマニーが動くのねと、あからさまではあるけれど、なんもかんもそんなこと、バレバレなのも、あちらさんもバレバレだってのを承知でやってるわけで。
なんかそういうシチュエーションがこの頃多い。なんつうか、お互い手の内をあけっぴろげに見せ合っているにも関わらず、見てみないフリをしながら、ともかくその場が楽しめればいいよねっというのが。
年齢的にちゃんと味わえなかったバブル期ってこんなだったのかと想像。だとしたら戦後最悪の不況時も最高の時と同じように浮き足立てるほどおめでたくできてる人間は、だから救われるのだ。神なんかいなくても、自分で自分を救える。事足りてる。

このように何もない日々の中、歯を磨くと毎回思い出すことがある。
10年くらい前か、通ってた歯医者の先生は女の人だった。
その頃のあたしは1日1度磨いてりゃあ、あんた今日はよくやったねってくらい、磨かない今くらいどうしようもない女で、もちろん虫歯にもなりまくった。
もうすぐ全ての治療が終わるという頃、その先生に普段使っている歯ブラシを持参するように言われた。何かと思えば、歯の磨き方を懇切丁寧に教えてくれたのだった。成人をとおに越えた私に手鏡を持たせてそれはそれは事細かに。
私はそれを言われた通りにやった。歯を磨く時は歯を磨くことだけに集中した。
そうして、一週間後、先生が私の口の中を見るなり「あー、すごくよく磨けてる・・・」とボソっと小さくだけれど、それはそれはとても嬉しそうに呟いた。
その瞬間が記憶から染み出して消えない。
思えば、後にも先にも、自分のしたことで、人が喜んだのはあの一度だけだ。

そいや、中学生の頃に通ってた歯医者はいかがわしい色黒のおやじで、そいつに「そんなに虫歯があると、彼氏ができないぞがははは」と言われたのも今思い出してしまった。余計なもんまで抱き合わせだ。

「おくりびと」は広末以外が賞をとっていた。ほれやっぱり、あの女が邪魔である。見たいけれどあの女を見ると一生見ることはないだろうと思う。

逆に、松山ケンイチを見ると、銭ゲバが見たくなるので、そんなとこで油を売ってるんじゃないっての風太郎くん、と声をかけたくなる。

ユニコーンのシークレットライブの応募はやめた。
当たったところで会社を早退もしくはお休みしなくてはならない。
それはいわゆる次のお給金からマイナス約一万円。
それはいわゆる死を意味する。

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「21世紀へ」

 21世紀は私たちのもの
 私たちの未来は
 希望に満ちている
 輝いている
 期待されている

確かこんなタイトルで、こんな詩みたいなやつを、小学校の卒業式に大声で叫ばされた覚えがある。

私は、本当は、どんな子供だったんだろう。

自分をよく見せようと、嘘ばかりついていた。
バカにされるのが嫌いで、男子生徒を怒鳴ったり蹴飛ばしたりしたこともあった。
牛乳びんのふたを集めるのが流行って、親友の家に行った時、何枚か盗んだ。
高学年になって低学年の面倒をみるのが、本当に面倒だと感じた。
みんなが盛り上がっているのを見ると、馬鹿馬鹿しくなることが多かった。
将来の夢はという質問に、本気で何も浮かばなかった。
先生の褒め言葉はプレッシャーにしかならず、苦痛だった。
家ではほとんど会話をしなかった。
学校ではどちらかといえば、いじめる側だった。
好きな人の前では何も話せなかった。
放送委員で昼休みに好きな歌をかける時が一番楽しかった。
家に誰もいなくなった時だけ、ひとりでいろんな歌をたくさん唄った。

卒業式は図書室で嗚咽するほど泣いていた。

「とにかくかわいくない嫌な子供だったなあ」という一言で、これまできた。
でも、私自身はあの頃、本当はどういう子だったんだろう。
周りから見た評判ではなく、あの頃、私は、何を思っていたんだろう。
本当に夢はなかったのだろうか。
やりたいことはなかったのだろうか。
未来を思い描いたりしなかったのだろうか。
それともやっぱりどうしようもない子供だったんだろうか。

「20世紀少年」を読んでいて、ふと、そんなことを思った。
30年くらい遡って、私に会いたい。

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落下

 「金で買えないものってのもあるんだ。アイとか?ユージョーとか?」
 「買えないならいらないよ」

今回の銭ゲバの風太郎は無口だった。
沈黙の風太郎に、いろいろな人間が語りかけた。
「今のままで十分じゃないか」と。
「何が不満なのか」と。
それは風太郎自身が一番訊きたいとでも言うように、彼は寡黙だった。

彼の前に、分身のような男が現れる。
金のせいで父親は自殺し、その後母親も自殺し、自分は癌でもうすぐ死ぬと言う。
男は、風太郎をもう一人の自分をみつけたと喜んだ。

彼の義父は、彼が想像していたようなお金持ちではなかった。
若い頃、人を傷つけ、今もそれを抱えて生きていた。
義父は、風太郎を笑顔で受け入れた。

風太郎は、初めての友人と、初めての見方を、同時に殺した。

「俺は間違っていない」

これまで味わった苦痛を呼び覚まし、今していることの意味を探し、これからどこへ行き、何を手にし、どうやって投げつけるかを、そしてそれからどうなるのかを、どうなりたいのかを、不安を疑念を怒り悲しみ憎しみを、吐き出し喘ぎもがき叫び、真の銭ゲバへと変貌する瞬間。
その壮絶なシーンの松山ケンイチは圧巻だった。

堕ちかけてしまった人間は、いっそ、底まで堕ちてしまえば楽なのかもしれない。
堕ち切ってしまうタイミングを本当はみんな待っているのかもしれない。
そしてそれが始まってしまったら、何モノも、それを食い止めることはできない。
本人でさえも。

父親に、いくら渡したら死んでくれるのかと訊いた風太郎の左目には、光るものがこぼれずに、滲んでいるように見えた。

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サンタマリアさん

 「歌唱力のないカールスモーキー石井って言われてましたから」

スマステ見てた。
やっぱあれだよね、それまでヤンヤヤンヤ談笑していたクドカンもユースケも、「2位、ミスターチルドレン」ってなったら、「あー・・・・」っつて、静かになってしまいやしたな。

同年代の男たちから人気ねぇなぁ。
訂正。
同年代の、数少ない結構いい感じの男たちから、人気ねぇなぁ。
そらそうだよなぁ。
まず、ロックじゃねーし。
それに男から見たら、ビジュアルも、やってることも、もちろん音楽自体、女々しいし、なよっちぃし、なんつうか、なんか、正直、かっこいい!真似したい!とは思えないもんなぁ。
その上あんた、最近じゃあ、エコをおっかぶせてるし。益々、だよなぁ。
それに大概、ミスチルいい!って騒いでる男って、びみょーにきもい。
あたしが言うのもおかしいが、きめぇ男しか、これまでみたことがない。
第一、桜井さんと同じくらいの歳でよ、あれをかっこいいって言っちゃうなよ!憧れちゃうなよ!って喝入れたくなるものなぁ。そんな男に将来ついてゆきたいとは思わないもの。
「桜井さんって神だよなぁ」「ミスチルの歌なかったら今のオレなかった」
なんつって、もう、そんな男、トホホである。

だから、クドカンとユースケのリアクションは普通と思います。
むしろ、好感を持ったです。ほっとさえしました。
そら鼻につきます。
地球とか、愛とか、家族とか、奥さんボインだし、本人そこそこ男前やし。
あたしが男だったら、間違いなく、好きではなかったと思われます。
改めて性別女でよかったっすす。

で、そんな感じで、最近、ユースケ株が上昇中です。
平成予備校とかいうクイズ番組をおかあが見てるからついでに見てると、あの番組はユースケだから面白い、ユースケやたら面白い。
加えて、本日の、ボウイとユニコーンへの彼の食いつきも◎。彼の株は上昇しっぱなし。

で、ついでに、今日やっと、「20世紀少年」を買った。
「MONSTER」を読んだとき、これも絶対買おう、絶対買おうって、お金がなかなかついてこなくて、もたもたしてたら、いいだけ映画やりやがって、いいだけ予告垂れ流しやがって、なんかもう腹立って、なけなし5巻まで買えた。
ほんと、映画の予告さえ、見なきゃよかったと思う。
あの漫画読んで、あのキャストで観に行くヤツいるのか?
まだ2巻しか読んでないけど、とりあえず、絶対ケンヂ役は唐沢じゃねぇだろ。
むしろ、ユースケが適役だろ、どちらかといえば。

ともかくそれが言いたかったのでありやす。

ユニコーンの特番やってますが、「スターな男」が始まった途端、消す。
お楽しみはライブにとっとくの。玉子焼きは最後に食うの。
みんな、そう、急かさないでよっ、楽しみの消耗を。

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奥歯で噛みしめる孤独な夜

 さよなら ただただ愛しき日々よ
 ずっと忘れないだろう 僕は君を

“かりゆし58”ぃ?知らん知らん。おっちゃん知らんで。
あーあれだな、モンゴルなんたらみたいな感じか。
と、ドラマのクレジットで見て最初思った。
でもって、ドラマがいいからということもあって、この歌も、耳に馴染んでくる。
母が「ドラマにぴったりね」と言っていた。

「さよなら」を初めて今日Mステで歌詞も含め聴いてみた。
なんせビジュアルがまず驚いたわけで。
歌からのイメージは、それこそ、風太郎みたいな、明日をも知れぬような、なまっちろいひょろ男。どちらかというと甲本ヒロト的なボーカルを想像してたから、やけにゴッツイ南国まるだしの兄ちゃんが出てきて、お前が唄うんかいとつっこんでしまったほど。
歌詞は、なるほど、若いけど、なんかいいかもと、フルの動画を探して聴いた。

泣いてしまった。
青々しい歌詞と荒いボーカルの歌いっぷりは、特に春も間近なこの時期、泣けてしまう。
別れや出会いが、まだ心揺さぶるものだったあの頃を思い出して、それがあまりに遠くて、泣ける。

別れがつらいのは、その人といた時間が思いのほか楽しかったということに気づくからで、
その人と二度と会えないということは、あの時間も空間も、二度と訪れないと知ってしまうからだ。
この先、何年、何十年、待っていても。

だったら、誰とも出会わなければいい。
というのは物理的にも難しい。
だから、誰と出会おうと、楽しく過ごさなければいい。
誰と出会おうと、何も知られぬまま、何もわからぬまま、何も分かち合わず共有せず、過ごせばいい。
出会った、ではなく、ただ見た、にすればいい。

めんどくさがりだから、もう、つらいとか悲しいとか嫌なので、最近こういう風に過ごしている私には、きつい歌です。
風太郎にも聴かせてやりたいです。

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いつまでも待っているから

 もしできることなら あの日に戻って
 もういちどそこから 歩き始めたい

1日1度、聴きに行ってしまう動画がある。
ap bank fesで桜井和寿が小田和正の「緑の街」を唄っているやつだ。

小田さんのむやみやたらにさらっとした、あのプツプツ途切れるような歌唱法がいまひとつ好きになれない私にとっては、こんな好い歌だったのかと驚くほど気づかされた。

桜井さんの唄い方は力強く、振り絞るようで、切ない。
大げさな唄い方だと嫌う人もいるだろうから、もう、ここからは好き嫌いの話だけど。

小田さんのそれは遥か遠い昔の思い出話のように聞こえる。
年齢のせいもあってか、桜井さんが唄うと、今だ乾かぬ想いのように聞こえる。

「忘れられない」「あの日に戻って」「今も好きだと」。
こういう懐古的でストレートな歌詞をミスチルで聴かない。
たまに、カップリングでみつけると、とても嬉しい。
本当はもっと唄って欲しいけれど、bank bandのカヴァーアルバムで桜井さんの声でこういった種の歌を聴くと、なんとなく理由がわかる。
あまりに、声と歌詞が一体になりすぎて、辛すぎるのだ。
桜井さんの声自体がすでに郷愁に溢れている、その上に、同じような趣の歌詞が乗っかると悲しくて痛々しくさえある。

できれば「風のようにうたが流れていた」も唄ってくれないか。
「イロトリドリ」は飛び上がって喜んだ。
あとは「光について」もやってほしい。
ともかく好きな歌を全て桜井さんの声で歌い直して欲しい。
なんともオリジナルどのには失礼な話だが、彼の声で歌えば、ずっと好きだった歌の好さがデフォルメされたり、聴くはずもなかったであろう名曲を知ることができる。

ap bankの活動には賛同できないのは相変わらずだけれど、
bank bandの3rdアルバムだけは、心待ちにしている。

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うらみます

あたにしちゃあ大枚はたいた8000円オーバーのクリーム。
数を減らして、質をよくすりゃトントンだし、って塗った。
それに時間短縮が何よりだ。
会社にはすでにノーメークをマスクで隠し2週間になる。
支度時間は30分。大きな化粧ポーチも夢の中闇の中。リップ一本で事足りる。
メイク1時間半、化粧直し40分、なんて、一体、いつの遠い日だろう。

なのに、一見エコだらけな行為なのに、肌が悲鳴をあげている。
何をつけてもカッサカサのピッキピキにつっぱりっまくる。赤くもなっている。
急性アトピーってあるんだろうか。

父が家を出るそうだ。
家賃半額は出し続けるが、後の食費光熱費は残った2人でどうにかやれ、だと。
えらそうである。
それで大黒柱のおつもりか。
他人から見れば、父親をオン出した娘のテイ。老人虐待のテイ。

そいや昨日は胃痛でクスリを飲んでも痛くて眠れなかった。
ここ最近の怒涛の健康被害は怨念なのか。

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甲斐性なし

居間のテレビが壊れて、あたしの部屋のテレビが借り出されて至極困るので、さっさとそっちのテレビを買ってください、と父に言ったら、まぁ一番安いのだなと渋っていた。
アクオスだけはやめろあれは創価学会の臭いがすると言ったら、そんな贅沢言ってられないだろ、おまえは派遣でおかあさんもパート今月いっぱいまでなんだぞ、と言うから、意味がわからなかったのであぁ?と言ったら、だからそんな金どこにあるんだ、と言いやがった。

どこの世界に、妻と子供の収入が少ないのでテレビを買うのもままならないとか言う一家の主がいるわけ?よくもまぁいけしゃあしゃあと、開き直ったヒモか。あんた散々バブルで稼いだだろ。その金なにに使ったんだよ。より金儲けするために全部使い果たしたんだろ。家の一つも買わないで、気が付いたら、とうとうテレビを買う蓄えもないってなんなんだよ。それを、こっちのせいにするか?こっちがあんたの苗字になってる意味は?あんたが家族を作った理由は?

と言いたかったが、そんな冷静にものが言えないので、好きにしてくれ、そのかわり、あんたが買ったテレビは見ませんから、さっさとテレビを返してください、とだけ言って終わらせた。

金だけではなく、私は結局この人から何も教わらなかった。

ついこの前、寒がりの父に、母が遠赤モモヒキみたいなのを買ってきた。
父は「なんでこんなもん買ってくるんだ、おれはおれの考えがあるんだ」と言った。
母は「もう二度と何も買ってこない」と怒鳴って部屋に引っ込んだ。
私は「なんであんな言い方しかできないのか」と父にきいたら
「おれは肌色の下着が大嫌いなんだ」と。
おまえは思春期か、と。
「たとえ気に入らなかったとしても、その場はありがとうって受け取っておけばいいじゃん。ものがどうのこうのじゃなくて、買ってくれたことにまずありがとうだろ」
「嫌なものを嘘をついてまで受け取りたくない、家族にそんな気を遣いたくない」
「家族だって他人なんだよ、気ぃ遣って、ちょっと我慢したらその場がうまく収まるだろ」

どっちが親なんだ。
なんでこんなこといまさら老人に言わなきゃいけないんだ。

人間としてのあり方も、生き方も、何一つ。
だからせめて金をよこせ。
日々食べていくだけの、雨風しのげるだけの、そういう最低賃金をよこせ自称世帯主。

金を貯めてせめて年内ここを出ないと。
ぽっくり逝ってくれるわけはないだろうし。

ほら、銭ズラ。

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最低なドラマ

 「“お金持ちなんていう名前の人間はいない”?
 そんなこと、どうでもいいんだよ
 お前らの顔なんて、金にしか見えないズラ」

今回の「銭ゲバ」はこれまでの不安や勘違いを一掃してくれるような台詞が多かった。

 「貧しさは簡単に人を変えるんだ。愛なんてなくなっちゃうんだよ」

その通りだ。貧しいのが全部いけないんだ。風太郎のせいじゃないんだ。悪いのは、社会と親だ。
そうやって、彼の幼少時代のVTRを見て、可哀想な人生だと感じた人もいただろう。
でもそれはとてもつまらないありきたりの貧乏人情ドラマだ。

同情していた視聴者にこの直後、彼はにやけて言い放つ。

 「お前ら金持ちはこういう貧乏人が好きなんだよな
 従順で欲張らない身の程を知った貧乏人が好きなんだよな
 金持ちには決して牙を剥かない貧乏人がさ」

彼は幼少期、母親から「大事なのはお金じゃない人の心だ」と教えられる。
彼もずっとそう信じていた。
決して誰も憎まず、ひねくれずに、つつましく、まっすぐ生きてさえいえれば、いつかきっと心から豊かになれると。

彼は今、そう信じていたあの頃の自分に復讐をしているのだ。
金にでも父親にでも金持ちにでも、ましてや社会にでもない。
彼はあの頃の自分に復讐をしているのだ。

 「心なんかじゃ生きてけないんだよ、所詮、銭ズラ」

それを証明して、あの頃の自分を抹消するために、生きているのだ。

三國家での朝食シーン。
穏やかで柔らかで、この上ない幸せな画の中心に風太郎がいた。
このとき、彼は何を思っていたのだろう。
それを後の台詞で知る。

 「そうやって世界は成り立っているんだろうなって
 持つ人がいるから、持たない人がいる
 それが社会なんです
 みんなが同じなんてできるわけないんです」

彼はしょうもない人間だ。
まともな人間からみれば、単なる狂人、皮肉屋、負け犬の遠吠え。
うだうだ言うならさっさと消えろというところだ。
だから、視聴率も下降の一途なのだろうが。

この誰よりも醜悪な男に、強敵が現る。
それは父親だ。
輪をかけて、しょうもない男だ。
今回からこの父親の存在が大きな鍵になるのだろう。
いろいろ役作りにケチをつけたが、椎名桔平は、やっぱり上手だ。
もう、違和感のあったあのブルジョア風衣装も、“見栄を張りながらも、貧乏人として開き直ったフリをする貧乏人”という役作りなんだろうとさえ思えてきた。

風太郎は父親を殺さなかった。殺せなかった。
自分の中に、紛れもなく、この最低な忌むべき男と同じ血が流れていたからで、
この再会でそれを嫌というほど思い知らされてしまったのだ。
それに気づかされた瞬間の風太郎の表情は凄まじい。
父とは間逆の道を歩んでいたと思っていたのが、裏と表というだけだったということも。

やはりこのドラマを見るのに必要なものは何もない。
ただ、見ればいい。
貧乏人であろうと、金持ちであろうと、不愉快になるだけのドラマだ。
だから最高だ。

ジョージ秋山原作のラストは散々らしい。
既読の人の殆どは「テレビではありがちな“大切なものは銭以外”ってオチになるだろう」と予想しているそうだ。
私は原作を知らないが、できれば、散々で終わって欲しい。
どうせ視聴率低いなら、そういうのでいいんじゃないか。

初めから終わりまで、最悪なドラマであって欲しい。

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バブル女と元ヤン男

つけたら飯島愛が出てて、おかんが見たいわって姿勢になったので、なんとなく見てやした。

生前より飯島愛の胡散臭さが嫌いなので今回のことはどうでもいい。
不真面目に生きた人間が運良く結果的に大金を手に入れて成功者としてモノを言ってるっていう画がどうしても嫌いだった。
若かりし頃、ともだちと酔った勢い悪ふざけで初ラブホ見学会に行ったら、なんかビデオが置いてあって、再生したら飯島愛のAVで、みんなでワイワイ大盛り上がりできたので、その節は感謝しますが。

で、本日の金スマで何が驚いたかって、中居正広って泣くんだってこと。
初めて見たわテレビで泣いたの。
役でだってなかなか泣けず、目薬丸出しだってのに。

中居くんもこれまた胡散臭いですなぁ。
この前の情熱大陸でもそうだったが、「オレの素なんてテレビでは見せないよ」と、相手を煙に巻いてゆく男のテイで、この人の本当はどこにあるんだろうみたいなオチになってたが、ちっともそんな深いものを感じない。
そう見せたがってカッコつけてるだけの、振ったらカラカラ音のする男にしか見えない。
ゆうこりんとか、千秋とかとなんら変わらず、いまどき不思議ちゃんならぬ、不思議くんを演じてるとしか思えないし、彼女たちと違って、彼の場合それを、他の芸能人芸能人してるやつらとは一線を画してるんでオレ、と見えて、なんか、気持ち悪い。香取慎吾もその路線を忠実になぞっている。

そういう彼がテレビで泣き顔を見せるなんて一番の醜態であったろうけれど、それでも泣いてしまったあたり、人の死とは、動物・子供に続き、卑怯なネタであります。
動物も子供も飯島愛も、どんなに嫌いでも、鼻がうっすら赤くなるもの私でさえ。

まぁ、最初の泣きは本物としても、途中、素を見せず泣きを堪えMCに徹するオレ、に切り替えている感じがして、いやはや、これからもせいぜい稼いでください。

以上、金持ちたちへのやっかみでした。

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拝啓、藤井樹様

シャンプーしててガツガツ黒髪が抜けると、このコたちが抜けた後の頭皮には生まれたばかりの白い髪が鎮座ましましてるのだろうかと、戦々恐々。
薄毛よりましかなぁと今度はドライヤーをあててると、なんと、先が白くて根元が黒いのを一本発見。他もないかっていろいろ調べたが見当たらず。この一本大事に大事にしよう。

岩井俊二はどうしたのだろう。
プロデュースだとか、企画だとか、なんかだいぶ回りくどい。
彼の作品のクレジットはいつも「監督・脚本岩井俊二」だった。
彼だって昔インタビューでそういう映画が好きだと言ってたんじゃなかったか。
最後に観たのは、確か「リリィ・シュシュのすべて」。泣いたなぁ。
市原隼人の繊細真っ只中演技、好かったなぁ。今はあんなマッチョメンになってしもたが。
その後、なんだっけか、キットカットの、えーっと、ほれね、ともかくタイトルが思い出せないくらいのヤツだったわけで、あれれー何も残らない感じないって、岩井作品はそれっきりになった。
したら、コバタケと組んだりアニメーションやったり、もう、一体どうしたんだろう。
ネタ切れ才能切れ意欲切れ。
あぁきっと、幸せボケなのかも。
かつて才能があったように思えた人が衰えると、きっと幸せになったのだろうなぁと思うことにしています。

私が不幸過ぎるのか。
今度「ラブレター」を観てみよう。泣けなかったらどうしよう。
全ての元凶は自分ってことになる。
こんな物理的なものではっきり証明されたくないなぁ。

リビングにあるブラウン管テレビがとうとう壊れにけり。
所以、私の部屋のテレビがいなくなりにけり。
まったくどいつもこいつも寿命が短い。

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ロンハー“が”用はないってさ

 自分より劣ってる マヌケをあぶりだし
 ホっと胸撫で下ろしてる

歳を感じることが、日に日に多くなる。
テレビによって気づかされることが特に。
若いおねーちゃんたちがみんな同じ顔に見えるし、
若いおにーちゃんたちがみんな女の子に見える。
あれじゃあ、こども、できないよなぁと、当の私も無駄に子宮を抱えてるわけだが。

中でもバラエティが特にそうで、見たこともない若手芸人とか出てくると、どれどれ?って見ても、一向におもしろくない。
それよか、どう考えてもこのコ絶対障害者手帳持ってるだろうよってのもいたりして、一層笑えなくなる。

今日のロンドンハーツに、私の年寄りメーターが如実な反応を示してしまった。

少し前まで、それこそ、ほんのおととしくらいまでは、淳の騙し企画にゲラッゲラ笑ってた。
久しぶりに今日見たら、くすりとも、どころか、狩野英考がかわいそうでかわいそうで、眉間に皺が寄るばかり。
重ねて、彼が騙されてる様を、大口で手を叩いて下品に笑う女芸能人とか見るとその醜悪さに「ひど過ぎるよ」という言葉しか出てこなかった。
他人の夢をもて遊んで何が面白いんだと胸糞も悪くなってきた。

もう、どうにもこうにも居た堪れなくなって途中で風呂に入った。
そして湯船に浸かってしんみりしてしまった。
なんて自分は年寄りになったのだろうと。

少し前の私なら「おばちゃん、そんな真剣に見なさんな。あそこで笑ってた女芸能人も、実はそんなに面白くないけど、いわゆるリアクション芸って仕事をしてただけだし、何より、狩野にしたら相当おいしくいじってもらえて、感謝してるくらいなんだってば」と。

わかってるんだけどね。

この前、佐藤浩市が「この歳になると出る作品に夢や希望ないとやってられないんですよね」と言っていた。

歳をとるとみんな夢の世界へと逃避するから、ボケ老人とか言われちゃうのかしら。
それなら早々にそっちの世界にどっぷり頭まで潜ってしまいたい。
もう自分がどっちの世界にいるのかも不確かになるまで老いてしまいたい。

テレビがつまんないんじゃなくて、私がつまんなくなっているのね。
テレビが合わない年齢になってきてるのね。
テレビの方もこの年齢には用はないのね。

どんどん居場所がなくなって。

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「レボリューショナリー・ロード」を観た

だからさ、「~燃え尽きるまで~」ってオマケ、そんなに必要だったか?Vシネかっつの。

予告を見た時点ではそれほど期待はしていなかった。
サム・メンデス監督、ってところに微かな期待はあれど、それより、この二人。
それだけで、観ようと決めていた。

だのに、賞レースやら、いつもは辛口の評論家たちが褒めてたりと、やけに評判がいい。
そうか好いのか、と、ちょっとハードルを上げて観始めた。
そして止めは「字幕 戸田奈津子」のスーパー。
ハードルは思いのほか上がってしまったようで、それがいけなかった。
自分が感じたファーストインプレッションというのは、大事かもしれない。

特別だと思い込んでいた男と女がありきたりな恋に落ちる。
女は男のありきたりな夢にほだされ、男は女の美しさにほだされる。
ありきたりに結婚をして、ありきたりに1男1女をもうけ、ありきたりな片田舎に住む。
レボリューショナリーロードと呼ばれる街に、二人は特別な夫婦として招かれる。
しかし待っていたのは、やっぱりありきたりで退屈な普通の日々。
単調な繰り返しだけの仕事に追われる夫。
女優として目がでなかった夢破れた妻。
鬱積してゆく不満。普通になりさがってゆくことへの耐え難い苦痛。
抵抗するように妻はかつて夫が話してくれた夢をひっぱりだし、すがるように提案する。
パリへ住もう、と。“本当に自分が生きる場所”を見つけよう、と。
やっと見つけた輝きと理想に満ちた未来図。
勇んで夫もそれに乗っかった。
乗っかった途端、夫の目の前に現実味溢れるおいしい話が舞い込んでくる。
妻の話す夢のような生活が、ただの絵空事にしか聞こえなくなった夫は、
現実から逃げることから、逃げる。
そして妻にも、逃れようの無い現実が圧し掛かる。
普通の日々は、二人に絡まり纏わりつき、やがて、深く重い現実の結末へと突き落とす。

「虚しさを感じることは簡単だが、絶望を感じることは勇気がいる」

登場人物すべて病んでいた。
淀んだ空気や不協和音が流れ続ける映画だった。

女は夢を追いかけ懸命に生きた妻?
男は面白みのない退屈な夫?
女は狂った愚かな妻?
男は正常で冷静な夫?

私の率直な感想。
結局、夫婦なんて、家族なんて、やるもんじゃねーってこと。
ただの足かせにしかならねーってこと。
いやそんなことを作者は言いたかったんじゃないんだろうが、そうとしか読めなかった。

夫婦のすれ違いだとか、互いを愛するあまりにとか、今だ一向に理解不能なのであり、
ゆえに、ひとつも感情移入できず、観終わった後は右に左に首を傾げまくる。
「つか、離婚したらいいんじゃね?そーだそーだ、リコーンだ、リコーン!」という結論。
またもや、観るべきじゃない人間が観てしまってどーもすいやせん。

ラストシーンはなかなか印象深く、デヴィットリンチ的?って言い過ぎか。

好かったのは、レオとケイトの演技。凄まじい。
ともかく歳をとっていた、当たり前だが。なり過ぎだろってくらい大人になっていた。
けれど好い役者になっていた。
ドンづまってまるで正気の沙汰じゃない妻。
妻にうろたえ思考が混乱を超えて錯乱する夫。
そんな2人が愛し合う画は鳥肌が立つほど美しく、
罵り合う画は身の毛もよだつほど恐ろしい。
競い合うような怪演、好演、熱演。
レオは最近、マッチョメンな役が多かったので、新鮮だった。
本来こういう鬱ってる役がぴったりなのだから、今後もこういう役をやって欲しい。

レオとケイトのファンは必見、と、いちお言っておきます。

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土曜の夜はゲバゲバウォッチング

 「格差社会ですか?
 格差なんてずっとずっと昔からありますよ
 なかったことなんてないですよ
 なくなりませんよ絶対に
 貧乏人は必要なんですよ
 貧乏な人がいなきゃお金持ちが困るでしょ
 貧乏人は必要なんですよ
 お金持ちのためにね」

視聴率がひどいようだ。
そんなの関係ない、好いものは好い、とも言ってられませんのだ、「銭ゲバ」ゲバとしては。
視聴率が下がると作り手のやる気も予算も出し渋られて、最終回が当初とは違う方向へ行ったりしないだろうか。1回分、削られたりするんじゃないだろうか。
こんな好いドラマなかなか出てこないのに。「あしたの喜多善男」以来なのに。
そりゃあ、土曜の夜によりにもよってな内容だ。
金の為に殺戮を繰り返す男の話なんて誰が好き好んで見るだろう。
でもだから、風太郎の台詞に是非耳を傾けて欲しい。
耳を塞ぎたくなるほどの生々しい台詞に。

どうして今の「相棒」なんかが20%超えをするのか全く理解不能。
おもしろいんだろうけど、「前の相棒」を超えるってところが納得できぬ。
「銭ゲバ」のほうがよっぽど人生の糧になる。
渇いた作り笑いも、空虚な安い涙も、政治理念も、掲げる思想も、何もなくとも、このドラマを見れば勝手に心は痛んでゆく。痛む心に気づける。

救いようの無い、救いたくもない、風太郎の「この先」で、ひとつ気になるのは、あの能天気な定食屋の人々との今後だ。どうなるんだろう。
当初は、この部分必要なのだろうかと疑問だったが、息つく間もないほどの怒涛のゼツボーシーンで、いつしか、ここにいる時だけはせめて風太郎の心が穏やかでありますようにと、祈る瞬間にさえなっている。

98%、文句のつけようのないドラマなので、他の2%のことを言う。

まず、ともかく父親の風体は違和感の塊だ。
何度も言うが、あれは、どうみても、少し前のイタリー好きのチョイ悪オヤジだ。
肩タッセルの付いたモスグリーンのコート、カシミヤを思わせる毛玉ひとつないチャコールグレーのタートルセーター、微妙な織りの入ったマフラー、ピカピカのこげ茶の靴。大量生産のかけらも無いファッション。
酒浸りで息子に小銭の無心をする男じゃないのか?どういうことだ。ここまでされると、何かのフリなのかと無駄に勘ぐってしまう。彼以外が全て完璧な役作りなだけに、穴が目立つ。
風太郎が最初に憎しみを抱く人物なのだ。
それだけに、まじでほんと、ちゃんとやってよって、お願いしますよって。

もう一点。
父親を見て、若い刑事が「風太郎がかわいそうになってきた」とつぶやくシーン。
そういう大半の意見も物語に織り込むのは必要だが、その後、宮川大輔演じる刑事が、そんな同情心を一掃するような言葉を何か発して欲しかった。
もしかしたら、宮川自身はそういう表情をしていたのかもしれないが、カメラが遠くに引いてしまい、わからなかった。
それでなくても、彼が殺人を犯した1度目2度目には撲殺シーンがあったのに、今回はそのシーンはなかったのだから、そうなると、だんだん、本当に、風太郎への哀れみを中心に物語が進んでしまうようで怖かったし、何より、そんな安直な流れはがっかりである。
「格差社会反対!」と叫んでいた派遣切りにあった連中と風太郎が一緒くたになってしまう。

 「でもさ、地獄があるから天国があるんだよね
 貧乏人があるもんで、お金持ちがいるみたいにさ」

松山ケンイチがすごい。こんな好い役者だったのか。
ボロボロのジャケットを着た後姿。背中だけで、ほんとうの醜い男を彼は演じていた。

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冷や水

見たか、おっさんたちの雄姿を。
あれが、あれこそが、ロケンローなのだ、ドーンっ。

元々なんとなく、若さや瑞々しさからかけ離れたバンドではあったのだが、
正真正銘、寂れた男たちのバンドとなり、まさにいぶし銀。

もう加齢臭がムンムンなUNICORN。
川西くんは50の割りに一番シュッとしてた。
アベちゃんは、歌がうまくなっていてびっくりのよな、がっくりのよな。
テッシーは相変わらずのブサイクっぷりで、
EBIちゃんは相変わらずの不思議な王子っぷり。
民生の唄い方が、「とぅあまぁにぃあぁっとぅえもぉ」って、帰国子女が日本語の歌をむりくり英語っぽく唄ってるみたいな感じになってて、少々気にはなったが。

ひとり一人のキャラは立ちすぎ、個性ありすぎ、芸達者集団。
それが楽しい音楽という共通点だけで、ひとつになる。
まさに、これが、バンドなのだ、再びドーンっ。

ともかく民生先生が楽しそうで嬉しそうで、何より。
あのポツネン男は、バンドじゃないとダメなんだろうねぇ。

「すばらしい日々」は、当時、先に脱退してしまった、川西くんへ贈った歌なんじゃないかということもあって、それに川西ドラムでやったの見たことなかったから、なんか、泣けてくる。当時も染みたが、名実ともに中年になったUNICORNが唄い、名実ともに中年になった私で聴くと、一層、聴き流せない歌であります。

解散用ソングだとまんまと騙されていたのか、実はこれ復活用ソングでもあった。
16年の長きに渡るフリでした。

目立つと思って揃えたスーツが、他出演者全スーツで、インパクトはゼロ。
そういうオチもひっくるめて、UNICORN衰え知らず、の巻き。

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