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2009年1月

バカになった

毎朝通る雑貨屋にそれはそれはかわいらしいカバのぬいぐるみが飾ってあった。
頭だけでかくて、手足が細い。右手になんか意味不明なものを持っていた、黒いカバ。
1週間、見るたびに、ほしいほしいほしい、と。
よし、もし、今日の帰り、まだあのコいたら買っていこう。
あった。
その前にいくらだろうと、手を伸ばす。

主婦が片手間にやってるちっさい店。
決してセンスのよくない、ごちゃごちゃのディスプレイ。
奥にキラリとひかるカバ。
それに手を伸ばす。

周りにあった、ファンシーな花がついたフォトスタンドやら、へんなキーホールダーみたいなのが、ダダダダダー、バラバラバラー、と落ちた。
主婦の店員にキレ気味で「ディスプレイされてるものは声をかけてください」と言われた。
私は立ちすくんで、カバの後姿をみつめて、黙って店を出た。

「お金がないのにそんなの買っちゃだめだよ」
「そんなかわいいカバは君なんかに似合わないよ」
それとも
「もっと素敵なものがこの先にあるよ」
なわけないか。

小さい頃から、何かを強請ったりしない子供だったそうだ。
あれ欲しいとか、これ買ってとか、駄々をこねない子供だったそうだ。
思い返すと、幼い私はいつも賢明だ。
年齢を重ねる毎に愚かになっている気がする。

身にそぐわないことをしてすいませんもうしません。

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朝から笑ったのはめざましの占い。
本日ふたご座1位でラッキーアイテム「ランチ仲間」とか。
だから自席でおにぎり食べて寝てるっちゅうの。

それしかない日だったわな。

あと松尾スズキがモスのとびきりバーガーがうまいうまい言うからなんか食べたくなって、買いにいってしまった。
正式名称は「とびっきりハンバーグサンド」だよ松尾ちゃん。
うまかったよね。そらそうだよ、チーズ入りだと400円オーバーだもの。
味の話はいいとして、モスのおねーちゃんの話。
うちの近所のモスはともかく土地柄、ガラが悪い、悪いというか、雑。
行くとほぼ、客がいようと居まいと、雑談しっぱなしである。
「でもそれあんまり出ないから発注よくない?」
「最近、出ないよねぇ・・・~本でいいか?」
「いいーいーいー」
そんなブルーな話をテキトーな感じでするなよ、お客様の前で。

そういうわけで今日もひどいもんだった。
こっちが「・・・それと、ポテトのLとSと・・」
店員「・・・えぇ?!あ、それそれ、そうそうそう(とキッチンのおにーちゃんと談笑)。あ、はい、ポテトの、Lと?」
「・・・と、Sと、黒胡椒チキンを1つとナゲットを・・」
店員「・・・ちがうって!そっちそっち・・・あ、黒胡椒チキンは、おいくつですか?」

なんで毎回会話のケツをリフレインせなあかんのか。
しかし、おねーちゃん、まったく悪びれない。どころかニッコニッコである。
絶対、モス本社にクレームのメール入れてやるぞ、と2番札を握り締めていると、
「2番でお待ちのおきゃくさまぁ~、あ、はい、どうぞ、気をつけてお持ちくださいね!ニッコニッコニッコニコっ♪」
と、口で言ってるんじゃねーかってくらい、ニッコニッコだった。
クレームいれる力も萎えて、彼女の印象は、かわいい無邪気なおねーちゃん、というのだけが残った。
女は、やっぱり愛嬌なんだよな所詮、と自己嫌悪にも苛まれた。
男は、こういう悪びれないしたたかな女が、わかっていても、好きなんだろうなぁ。
そして、私が男であったとしても、こういう女にカンタンに騙されて、それでも幸せだったと言い聞かせて、事実とはまるで違う美しい思い出だけを集めて、しくしく泣いて過ごしていたんだろうなぁ。
男で生まれようが女で生まれようが、可哀想だったんだろうなぁ。
でも可哀想って誰も言ってくれないんだろうなぁ。

そういうしょんぼりするハメになった。
こんな後に、何食ったってうまいと思う。
せめて食いモンくらいはうまくなきゃって理性が働く。

マックが食べたかったんだよ、本当はさ。

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メメント・モった日

○会社の昼飯時間は自席でおにぎり一個を10分で食べ終えて、歯みがきしたら、ウォークマン聴きつつ、デスクに突っ伏して寝てるといったら妹から軽蔑された。「やだぁ、あんたそれうつ病だよぉ、こわ~っ」と言われた。あぁそういえば、昔、会社で毎昼寝るオタクみたいなやつがいて気持ち悪いと思ったかもしれないけど、もうそっちの人になったみたいであまり思い出せない。会社で鬱って何がいけない。会社で鬱らないで、いつ鬱るんだ。

○週末、映画のために銀座に何年かぶりに行かねばならなくて、ならばH&Mでも冷やかしてみようと行ったらもう入場規制とかいうことにはなってなかった。全国民ほぼ一周したのかな。でもゾロゾロゾロと人が吸い込まれていて、なんだかディズニーランドの入り口みたいだった。しっかしびっくりするほど地味な服ばかりだった。ユニクロと何が違うのか。いやむしろユニクロのほうがこの値段じゃ安いなぁ、買わないけどねっていうのが1着くらいあった。みなさんH&Mの何を騒いでいるのかしら。NYだとコンビニ状態で乱立しているそうな。ついでにZARAも見てみたが、縫製の酷さは目に余る。あんなのに金を払わせるなんて。どの店にも、私と同じくらいの女がウジャジャジャいた。みんな後ろ姿は少しデカイおねーちゃんだけど、前から見ると、おばちゃん真っ只中で笑えた。とはいえ、この、若さ賛美主義、見た目至上主義の世界から戦線離脱した私は、誰より小汚い、中年だった。

○「生きてることがつらいならいっそ小さく死ねばいい」と言う歌を紅白で聴いていた母親が「なんなのこの歌!こんな歌テレビでやっていいの?」と憤慨していた。彼女が至極まともな人間だと知り驚いた。なんだかそういえば騒がれてたなこの歌。別にだが。どうせ森山が作詞家と「こんな歌詞から始まったら話題になる」と目論見ながら作ったんだろうし、ともかく私は森山の歌が嫌いだ。無駄に、せつながりたがり、悲しがりたがり。大げさだ。森山良子の息子のくせに、哀愁なんて知らねーだろ。宇多田も同。けれどしかし、今日、会社のトイレで、半年以上も美容院に行かない、ぼさぼさ枝毛切れ毛で絡まりまくる白髪だらけのスーパーロングな姿を見て、あー私は小さく死んだんだな、これが、そうなんだなと、あの歌を思い出した。

○小学校の給食係以来ぶりくらいにマスクをして、出勤してみた。もう駅に着く前に息切れが始まり、電車の中では酸欠状態でフラフラ。視界は悪く、なんども階段で蹴躓きそうになった。それでも会社でもつけっ放しにして頑張っていたら、自分の息の臭いは腐った魚だったと知り愕然とした。歯磨きはちゃんとしているので、そういう臭いではなく、胃の中が、体の中が、腐敗している臭い。全身の何パーセントが腐ってるんだろう。そういうわけで、マスクをすると心身ともに具合が悪くなるということが今日の実験で判明。明日もしていこう。ファンデーションを塗らなくて済むというメリットも判明したから。とうとう、会社にすっぴん。このまま行けるところまで行ってしまうのかな。

○銀色夏生が「エイプリル」という新刊を去年出していたのを昨日知り、今日買った。最近の彼女は、なんたら日記だとか、エッセイだとか、ブログ本みたいなのばっかり出して(1ミリも読んだことはないが)、才能の萎み具合が著しい。けれど、ちょぼちょぼとだけれど、こうやって詩集を出しているから、才能が底をついたわけではないようだ。仕方ない。彼女の本を知ったのは、もう20年以上も前だ。よくやってる方だ。いつか才能は果てる。水は渇き、熱は冷める。

○キヨシさんからメールが来た。なんのこっちゃと。まぁこれは後で私が読んでわかればいい備忘録ブログだから、いいんだ。要は、彼女から普通にメールが来たということは、恋が完全に消滅したということだ。あの男の中で、私は「面倒くさい」にカテゴライズされたということだ。「あの時あぁすればあぁなったかもしれない」とか「この先もし会えたらこうすればこうなるかもしれない」という後悔も期待も、全て、消えた。不思議と、何も感じない。1駅ぐらい悲しかったが。あんな男、ろくなやつじゃなかったよきっと、と毎度こうなる。私は一体何様のつもりなのか、自分のことを好いてくれないとわかると、即効どうでもよくなる。しょーもな。

私はあとどれくらい生きるんだろう。どうやって死んでゆくんだろう。

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心地よい吐き気を誘う2作品

 「生まれたときから幸せな奴って、むかつくよね」

昨日、再びの「ダークナイト」。
圧巻のエンターテイメントであるにも関わらず、観賞後のこの煮え切らない、気持ちの悪さというか、不条理感は、やはり、何度観ても、消えない。

2度目で気づいたのは、ジョーカーの傷の話だ。
私は、片方を父親に、片方を愛する妻に、と勝手に思っていたのだが、彼は一言も「片方」とは言ってなかった。
どちらが嘘なのか本当なのか、そもそもそんな話あるのかないのか、結局わからない。
彼にもわからない。
彼には名前がない。彼には実体が無い。
彼のしていることに一貫性なんてあるわけないのだ。
明確になっているのは、悪意の塊だということだけだ。

一方で、彼の言動に痛快ささえ感じる箇所がある。
金の山を燃やすシーンや、ジョーカーの存在に怯え慄く悪党や権力者たち。
彼の結論は間違っていないが、正しくはない。
彼自身が矛盾だらけなら、彼を見ているこちらも矛盾だらけの渦に巻き込まれ、全く、不思議な魅力の持ち主だ。
できることなら、再々、観たい。

その後に、松山ケンイチの「銭ゲバ」を見た。
松ケンの、と付けるべきだ。
この役者なしで、このドラマは成り立たない。
他にいたかと想像すると、たとえば、瑛太じゃ、チャラ過ぎる。
だからって加瀬亮じゃ、陰湿過ぎる。
松山ケンイチの、あの、ゼロ、無色、ニュートラル、そういった存在感で、針が振り切れ、壊れた人間を演じているから、見当違いな同情心も、余計な嫌悪感もなく、見ていられる。
ミムラは嫌いだが、何不自由なく、正義感と清潔感で溢れた生活だけしか知らないお嬢さん役はぴったりだ。ちゃんと、いつかこいつの泣きっ面が見て見たいと思える。

あの痣の少女を利用する、というくだりもいい。
よくある話なら、同じ顔の醜いもの同士、本当の愛を見つけて生きてゆこうなんてところに納まりそうなところに、笑顔で彼は「オレは醜いものが大嫌いだ」と言い放つ。
あの場面は、本質を衝いていて、非常に気分が悪くなった。好いドラマだ。

ひとつ難をあげれば、椎名桔平。
貧乏人でアル中でどうしようもない最低な父親、にはひとかけらも見えない。
髪はきちっとこざっぱり、おしゃれ無精ひげに、極めつけは中田ヒデばりのグラサン。
初歩的な役作りさえ儘なってないなんて、よい役者だと思っていたが、ここにきて、若手の松ケンに惨敗。他の役者陣たちが好演なだけに、非常に残念というか、邪魔でさえある。

ともかく、あまりに救いのない話で、果たして、私以外に需要があるのか心配だ。
視聴率、どうなんだろうか。

それにしても「ダークナイト」しかり「銭ゲバ」しかり、漫画家って誠実なネクラが多い。

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不運な失敗

 たとえば
 幸運な失敗
 というのもある

DAIGOがダイコン過ぎるので、DAIGONと改名しなさいって誰か伝えて。
まぁ大したドラマじゃないからね。野島も果てましたなぁ。
「この世の果て」「未成年」「人間・失格」「世紀末の詩」。杵柄が太すぎたか。

つことでチケット撃沈。
横アリってびみょーだよなぁ、長野行けるしなぁーって、そういうハンパなヤツが、先着の先行とったるぞって、そりゃ運の神様も暇じゃないわけで。
明日は店頭ないと訊いてほっとしてるし。
まぁ、さいたま、なんとか、とる。
それよか明日は「ダークナイト」。あーうれしかとです。
ロードショウの時もう一回観とくんだったーだったーと、先に立たない後悔をしてたのですが、立つときもあるのですなあ。
今回に限り、通り過ぎた運は戻ってきた。

運といえば、本日で、向こう10年の残運ゼロとなりました。

家に帰ったら、あったかい。
あーそうだ、半アルツのおっさんが、またつけっ放しでお出かけだ。
あーほら、ね。居間のと、自分の部屋のエアコンもつけっ放しだ。
あー床カーペットも、PCもだ、いつものことだ。

ふと、ガス台に目をやると、青い炎がメラメラメラ。
ゾッとした。

とうとう、最後のところまで来たかあのおやじという「ゾッ」と、
もしあそこにおなべが乗っかりっぱだったらという「ゾッ」と、
ミスチルとユニコーンとボウイと村上春樹と浦澤直樹のと銀色夏生とキャンディキャンディの人形とときめきトゥナイトと値札がついた黒のブラウスとデニムのスカートとCAMPERと初恋の人の写真と・・・それだけか、いやぼけ、十分だ、私が発狂するには十分のものが全て燃え尽きる画を想像した「ゾッ」が、次々と押し寄せた。

12時間以上、ガスストーブとガスの火がフル稼働で、無傷。
運がよかった以外の何がある。
鍵が閉めてあったことの方が不思議だ。

急遽、赤いマッキーで「出かける前に確認せよ!」と題して、玄関に張り紙したが、見慣れたら効果なしだろうし。「アルツハイマー 事故防止」でググってみるしかないのか。

生きてるだけで運を消耗しているなら、生きてる間にいいことなんてあるわけない。

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「新しい責任の時代」の幕開け

昨晩、23時もとっぷり過ぎた頃。

母に「そいじゃおやすみ」といったら
「あんた、オバマさん、見ないの?」
「え?」
「1時くらいから、やるのよ、生中継」
「・・・寝ます」

次に父に「おやすみ」といったら
「お前、見ないのか、やるぞ」とテレビに映るオバマさんを指差した。
「やだよ!なんで見なきゃいけねーんだよ!」

どうなってんだ。
なんで、「見る」が前提なんだおい。
たとえば、昨日の夜、東京上空を彗星が飛び回るとか、日本がとうとう白夜になるとか、
そういうことなら、間違いなく睡眠を削るだろうが、
何が楽しくて、よその国の大統領の「今日からぼくちんがダイトウリョーだじょ」宣言を見なきゃいかんのだ。
それとも、なにか、その就任式に、ミスチルでも出て1曲唄うってのかい?
あーなら、見るね、いや、行くね、ワシントンへ。

すごいよ、えぇ、すごいことです。黒人がね、アメリカの、世界のリーダーになるんだから。
でもだからって、オレ様の貴重な睡眠を、易々とは渡せない。

じゃあ今晩、この時間まで、一体何をしていたかってと、ミスチルチケットの件。
あきらめきれぬ。
もう1日、行きたい。どうすれば、行けるか、定価で。
一般発売は今週末。これで、どうすれば、チケット取れるか、いや、捕れるか、獲れるか。
盗れるか、だけはせぬよう、いろいろと検索してた。

ミスチルのためなら、こんな睡眠くそくらえ、くれてやる。
こんなに行きたいと思ったツアーはない。
どうしたんだろ、もうすぐ死ぬんじゃねーか。

いよいよ本格的に「ミスチルしかないだけの人生」のはじまりか。

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こうもり男

ネットを立ち上げたら、確認するところは、メールと、ヤフーニュースと、ミスチルのチケット情報と、お気に入りブログの更新具合と、あとここ。

一通りすんだら、特に用はねーんだな。だから、もう寝ようかな。

つて最後の最後に映画公開情報をなんとなくのぞいたら、「ダークナイト凱旋上映」!
行きます行きます大寒波が襲来しても死の灰が降ろうとも行きますので宜しくお願いします。

もう一回映画館で観たかったのだのよ。
だもんでなかなかDVDレンタルする気にならんかったのよ。
映画館で好いと思った映画をなんでちっこい画面の記憶で上塗りせなあかんの、
と、当時タイタニックのビデオを買って大喜びしていた私に言い放った親切な友がおりましたせいです。

久しぶりの銀座映画だなぁ。夜って込むのかしら。どうだったっけ?

つか、「凱旋」ってさぁ、「帰ってくる」って意味があるわけで、
でもここはニポーンだし、バットマン、て、マンっていってるし、んー、まぁいいか。
ともかく、行くのねん。

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緑色のくすり

 出会いも 別れも 知らぬまゝ 流れるうたをきいていた

1日中、頭が痛くて、だるくて、顔も火照って、確実に熱があるとは思っていたが、それでもせっかく来たのだから、早退などするまじき、と踏ん張りまして、飯くって、風呂入って、ブログやって、バファリン飲んで、湯たんぽ背負って、絶対絶対明日は休まない。
病気で休むなんてもったいない。休むなら、断然ズル。オンリー、ズル。

体調の悪いときに、冷たい風に吹かれて「花の匂い」なんて聴いたら、染みるのだった。
あの歌には「死」という言葉が透けるから、大切なモノが消えてなくなったらと余計な想定をしてしまうのだった。たとえば桜井さんが死んだらとか。

体に効く歌を聴こう。

「トライアングル」というドラマをもう見るのはやめたのですが、歌は好い。
小田和正大先生。
この人の声はもう神憑ってますが、声にも増して、歌詞が青年期で成長が止まってる。

プツプツ切れる歌唱法があまり私の好みではないけれども、あの人の、若いミュージシャンの受け入れる姿勢も好きである。
若造って迎合するでもなく、さりとて、オレの大きな器に乗っかれ的な大御所ぶりもない。
無邪気に褒めたり、音楽を愛する一ミュージシャンとして負けず嫌いっぷりも露わにする。

正直、子供染みた変なおじさんだ。上司にいたら、やりずらいし面倒臭いだろう。
そんなおじさんだからこそ、淡い花びらに乗った朝露のような、草原を渡る風のような、真朱な夕日の帰り道のような、そういう青々とした若葉のままの心の歌を紡ぎだせるのだろう。

「風のようにうたが流れていた」は名曲中の名曲。
今日はこれを寝る前に服用。

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「銭ゲバ」を見た

「貧乏人って悔しい」

そう言って、病弱な母は病院にも行けず、死んでいった。
優しい息子は金のせいで母が死んだと叫ぶ。

成長した彼は、金に憎悪を抱きながら、金の亡者となっていた。

思いもよらず、久しぶりに面白いドラマをみつけてしまった。
役者もいい。主人公風太郎に松山ケンイチ。
何を考え、何に笑い、泣くのか。全ての感情が能面のようになった男の佇まいは、あまりメディアに露出しない彼にはぴったりだ。
松ケン主演ドラマにハズレ無しとみた。
また少年時代を演じる子役がお見事。子っつか、立派な役者だ。
母親想いのけなげな子供が、菓子を盗み、金を盗み、ついには人を殺してしまう。
悲しみと憎しみを膨らませながら、貧乏人の奈落へと、転げるように堕ちていく様を丁寧に演じている。

脚本が岡田惠和だった。またもや岡田惠和。いいドラマだと思うと8割この人だ。
したら原作は漫画。しかも、1970年にすでに連載されてたっていうんだから。
派遣切りなんてのを織り交ぜて、時代背景を合わせているが、合わせなくても合ってしまったというところか。
「金」を巡る世界は何も変わっていないから。
何十年経っても、人は金で心を豊かにし、金で心を狂わせてゆく。

風太郎に、派遣切りにあった同僚が金を貸してくれと土下座するシーン。
「今、金がないと、死ぬしかないんだよ」
風太郎はぼそりと言う。
「じゃあ、死んだらいい。貧乏人は幸せになんかなれない。死んだほうが楽になる」

誠実なドラマを見て、とてもいい気分でネットを立ち上げたら、一青窈が財布の金を何万円だか盗まれて、その犯人にブログで訴えたんだそうだ。
「どうか私のお金を世の中のために使ってください、募金してください」と。
吐き気がした。「私のお金」って、何様だ。
他人の旦那に手をだしておいて、お前がまずドロボーだ。

目の前に金さえあれば、どんなに幸せだろうと妄想する。
世の中に金さえなければ、どんなに穏やかでいられただろうと想像する、
ズラ。

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「チェ 28歳の革命」を観た

 革命は起きない
 ありきたりな日々を
 祈るように生きよう

金曜日に観る映画じゃなかったか。

1週間の疲れを倍増させてしまったようで、家に帰って、腹ペコだったけど、水も飲まずに寝てしまった。
思うに人間はある年齢を境に、物欲→愛欲→食欲→睡眠欲と、優先順位が移っていくのではないか。
そして最終的には永眠する。ということは死は欲の延長にあるのではないか。
やっぱり生きるとは少しずつ死んでゆくことなんだ。

とか言ったらチェはなんというだろう。
今すぐ視界から失せろと背を向けるだろう。

何が疲れたって、出てくる固有名詞がわかんない。
だれだれがどこどこでなになに軍と、とか、ジャックとかロサンゼルスってわけじゃないから、さっき出てきたっけその人?そこってどこ?と考えてる間に話はすすむ。
すすむ話も政治的な小難しい話。脳みそだけがどんどん消耗していく。
そもそも「革命」なんて教科書か歌の中だけでしか聞いたことがない。

そういうわけで、途中から視点を変えて観ることにした。
政治やら革命ではなくてチェ・ゲバラという男の言動だけに注目すればいい映画。
そうしたら、少し、眠気も飛んだ。

「キューバよ、アメリカから独立せよ!祖国か、死か!」と突然外国人がやってきて扇動し革命を起こす。カンタンに言えばそういう話。で、それだけ聞けば、余計なお世話なヤツだなぁと思うし、しかもこのゲバラが母国では裕福でしかも医者だって聞いたら、金持ちの道楽でやってるのか、と、第三者からみればあまり愉快な革命ではない。
しかし、だったら何故その彼が、後世に語り継がれるまでに愛されたのか。
それを納得させられた映画だった。

スクリーンには「英雄」「カリスマ」という言葉からは程遠い、優しく冷静で生真面目なチェ・ゲバラがいた。
酷い喘息持ちで、山を越えるときもゴホゴホ、部下に指示を出すときもゴホゴホ。情けない。
戦いに必要なのは銃だけではないと若い兵士に読み書きを教える。
兵士たち同士のくだらない揉め事にも誠実に真摯に仲介に入る。
傷ついた兵士の手当てはもちろん、駐屯する村の人々の治療も請け負う。
怠慢、略奪を嫌い、裏切りには容赦しないが、弱い人間に暖かく、農民を尊敬している。
昇格どころか降格させられたり、全戦では戦うなとも命令されてしまう。
大事な人間だからとカストロは彼を生かそうとしていた。

そう彼は、この革命が「ただのおせっかい」で終わらせられないために、必要な人間だった。
それが後に、各国代表者からの質問に回答する国連壇上での彼の姿で証明される。
そこには戦場での彼とは一変、紛れもなく、カリスマがいた。
権力者の前でだけ、彼は彼の中に眠るそれを発揮させるようにも見え、そら、やたらかっこいい。近頃の女子たちがたまらないらしいギャップか。

その彼が時折見せる物憂げな表情、「必要不可欠な人間などひとりもいない」と断言する口調が、おそらく、「別れの手紙」へとつながっているのだろうなと思うと、やはり次回も見たいとなるから、坊主丸儲けである。

ともかく魅力的な男だ。少し知ったらもっと知りたいとなるから、人が集まってくる。
映画としてとりあげる人物にはもってこい。
ただ、娯楽映画にはなっていない。
これは、チェ・ゲバラという人間の記録映像。
もっというと、チェをよく知る人がとったホームビデオを見せられてるような感じだ。
「うちのチェはねぇ、実はねぇ、こんなんだったのよぉ奥さん」と。

そんな退屈になりかねないシロモノが観ていられるのも、やはり、ベニチオ・デル・トロだからというところに行き着く。
初めて彼を知った「ユージュアルサスペクツ」の怪演から衰えることなく、メジャーでありながらも、その異質な個性を失わない彼の存在感が、チェとダブる。

で、どうなんだよ、面白い映画なのかよと訊かれたら、きっぱり、面白くはない。
チェ・ゲバラを元々知っていて、興味のある人意外は、観ないほうがいいと思う。
観たら次回作も必ず観ずにはいられなくなるだろうから。

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先行呪縛からの開放

ハズレたや、宮城。

先行はもうおしまいですか。
まぁこれからあったところで、極少枚数だから、無理。
後悔はアルバム先行があんなにあたるもんだとはなぁ、失敗。
とりあえず、終わっただ、もつかれもつかれ。

ファンクラブ再入会しようかなーといろいろググったら、発足と同時に入会したファンが一度もチケットが当たらないっつってんのがあった。
ともかく「何もいいことがない」って多いすなぁ、ひでぇ、ぼったくりだ。

B'zのファンクラブを見習えってんだ、んにゃろう。

まぁ妹が烏龍舎の面接いったら、すっげーやなかんじで、
のっけいきなり「うちの抱えてるアーティストって・・・知ってますよねぇ?」だったそうな。
瞬間、妹あったまきて、「あ、知りませんけど」っつってやったらしい。

あーあーっと。
なんか、Mr.Childrenの好いところって、歌だけだなぁおい。
それで十分か。それでいいのか。いいんだろうな、きっと。

明日はチェを観にいくのだ。

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透き通ってく水のような

 でも妙に器用に立ち振舞う
 自分はそれ以上に嫌い

今日の私は嫌な人間だった。
いつも嫌な人間だが、こういう嫌さはいいけど、こうなったらおしまいだと思うところがあって、
今日はそれを優に越え、それを止められず、一日中、嫌な人間だった。

弱い立場の人に対して強い立場の人間が威張り散らし、理不尽に目くじらを立てる姿は最低だが、その強い人間に迎合する人間というのは、もっと最悪だ。

職場には2人、どうも、仕事が速く捌けない人がいる。
2人とも私より前からいる。
私だって、実際、今やってること、ぼんやりとしかわかってない。
ただ、ともかく、私は、早い。ただ、早い。出来るわけではない。
間違ってるかもしれんが、もう、いいややっちまえって、早いだけなのだ。
けれどこの2人、遅い。まじめなのだ要は。やっちまったもん勝ちなのに。

ともかくこの2人を早く終わった人が手伝うということになった。
昨日のことだ。
正直、こいつら今まで何してたんだ、ってくらい、何も終わってなかった。
あんで、自分の仕事を良かれと思って早く終えたのに、また、他人の分までやらされるんだと思ったし、つーか私だっておぼつかなねーから、しらねーしらねーと流しながらも、不安なわけで、1日中そういう気持ちでやってるもんだから、たっぷり疲れた。

そして今日で2日目。
ふと気づけば、ベテランチームと、私だけで手伝っていた。
他のやつらだって、もう、仕事終わってるだろうに、だんまりだ。
そらそうだ、手伝って、それが間違ってたら言われるのは自分だから、手伝う手数は少ない方が怒られる確立は低くなるからだ。
けれど、そこら辺の要領をまだ得なかった私は手伝いに手をつけてしまった。
そんな貧乏クジを引かされた感いっぱいで仕事をしていた。

ベテランチーム(私はこいつらをW浅野と呼んでいる。いわゆるそういう無駄なテンションの使い方をする女たちだ。)はいつも、できない人たちをこてんぱんに責め立てる。鬼の首を獲ったように、吊し上げる。
今回もデキナイーズを人目も気にせず怒鳴りつけていた。
同意を求めるように、彼女たちは私の席に来て愚痴を振ってきた。
疲れて、切れ気味の私は、安きに流れるようにそこに乗っかった。
乗っかったら最後。
そのまま、スネ夫みたいに、うなずいて、むしろおかずをつけて、同調した。

帰りはさすがに落ち込んだ。
なんて嫌な女だと、自分につくづくだった。
あそこのW浅野たちと同じじゃないかと、げんなり。

お風呂に入って、髪と体と洗うだけでは足りず、HANABIを熱唱した。
本当に好い歌だと思う。
桜井さんの歌が、すんなり聴けるのは、決して神の目線で書いていないからだと思う。
時には叫ぶように、時にはつぶやくように、真正面から、斜めから、手段は違えど、常にそこ流れているのは、「こうでありたい」という願いだ。

「こうでありたい」という歌を熱唱して「こうでありたい」と声に出すことで、せめて、
日々汚れてゆく自分を少しだけマシにできたら。

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全力でその日暮らし

 いつかはあんたも俺らも灰になっちゃうんだよ

書くことねぇし、テレビ見るもんねぇし、ってとりあえずぼんやりNHKみてた。

沖縄から上京してずっと派遣で働いていたの33歳の男性が、今回の派遣切りの対象となり、10年の派遣人生を断ち切り、故郷へ帰り、全国で就職率最低の地元で就職活動を始めたという話だった。

彼は今回のことでいろんなことに気づいたと話していた。
仕事と会社の往復だけで、孤独を感じ、自分は人間関係の中で仕事をしたい、とか、目の前のことに捕らわれ過ぎていたとか、反省していた。
与えられる仕事をこなしていくだけではなく、どんな仕事をしたいのかを考えなくてはいけない、ずいぶん長い遠回りをしてしまったとも言っていた。

私の、この毎日の繰り返しは、寄り道だというのか。
何がいけないのだろう。
淡々と積み上げられた仕事を右から左へ片付け、その日その日を暮らして、誰にも褒められることもなく、誰とも話さず、笑いもせず、でもそれが仕事だと割り切ることの、何がいけないのだろう。
もちろん番組では、ひとことも、ハケンのままじゃいけない、とは言っていない。
けれど、彼が全否定していたことは、今の私の日常だ。
この毎日が、いっぱいいっぱい精一杯だよ、となんとかやってる私には、そのままのあなたじゃ破滅すると言われてるようだった。
しかも彼が10年派遣をしていた工場は秋葉原殺傷事件の犯人も働いていたところだったとナレーションが入った。
そのままのあなたじゃ、人殺しになりかねない、とも聞こえた。

別に、沖縄の彼のことを、悪くも思わない。
ただ、彼をピックアップして、こうやって放送されると、派遣でやってくことってそろそろ限界なんだよ、みんな、もっと、顔を上げて前を向いて行きなさいと、言われてるようだ。

確かにうつむいて歩いてはいるが、派遣だからではない。
やりたいことも、できることもない、根性もない、けれど金が必要。
そういうだめな人間にとって、私にとって、最後の砦だったのだ、ハケンというのは。

今騒がれてるような、そんな大層なもんじゃない、ハケンなんて、そもそも。
なのに何を勘違いしてか、向上心やらやりがいやらを掲げるハケンが増えた。
増えたのか?増えたようにメディアが伝えてるだけじゃないか?
私のような姿勢のハケンが大多数のはずだ。
ただ、そんなのテレビで放送しても、しょうもないからだ。

そう、しょうもないのだ、私など、ハケンになってるやつらなど。
破滅も限界も、来るのは早い。そんなの知ってる。
でもただ早いだけ。

どんな踏ん張ったところで、遅かれ早かれ50年もすれば、あたしも、あたしの周りにいる人間ほとんどみんな、どうせ、消えてなくなる。

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右上の脅迫メッセージ

脅迫してるのか。
2011年の話だろ。あと何年もあるだろ。3ヶ月前とかで十分だろ。

不快だ。
ずっとずーっと、この先ずーっとだ。
在りしわが身を重ねる恋愛ドラマの時も、腹が千切れそうなバラエティの時も、心締め付けられるドキュメントの時も、悲惨な戦場を伝えるニュースの時も、何より、人生で唯一幸福を感じる桜井和寿熱唱の時も、常に、右端上には「アナログ」。

「あなたのテレビはアナログです、だから早くテレビを変えなさい、買いなさい、もしくはアンテナ買いなさい、いいから買いなさい、金を出しなさい、でないとずっと表示され続けますよ、邪魔ですよね、なら買いなさい、いいですか、今すぐです、2年後だけど、今すぐです、早くわたしたちを喜ばせなさい、買いなさい、金を出しなさい」

というメッセージが年がら年中、雨の日も風の日も、画面の右端上といいながら、実のところ画面いっぱいに、なんならこの「アナログ」表示を放送するために、テレビ放送をし、地デジというところまで生活水準がおっつかない人間を脅し続ける気なんだ。

クサナギくんだけじゃダメですか。足りないですか。
「キレジにしてくラさい」って聞こえるからですか。
それは滑舌の悪い人への侮辱につながりませんか。

国を挙げての貧乏人恐喝。

今日は「アナログ」を見るたび、死にたくなりました。
そんなもんです、結構。
取るに足りないことで死んだり殺したりするんです。

早く、ミスチルのLIVEへ、逃げたいです。

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悪くはない

 悦に浸って走った自分を

ヤフオクでMr.Childrenのチケットをダダダダーっと、ある業者が出品しているそうです。確認なんてしませんが。気分が悪くなるだけですから。

嫌な時代だ。

ぴあの先行やろうとしたら、支払方法がカードかちょこむのみと言われた。カードはもうリストが真っ黒け。ちょこむ?入ってたわよ。やたらケイタイにどうでもいいメールばかりよこしやがって、チョキンバコなんつってかわいらしく言いやがって、うっかりそこに金をいれて、いざやっぱ返してっていうと、手数料6%とりやがる。最低500円はとるってんだ。人の金をなんだと思ってんだ。二度と入会するかボケ。

嫌な時代だ。

ひきこもりのコがお父さんを殺した。もうそんな話は聞き飽きてまたかって、どれがいつのだかわかんない。彼のネットの書き込みはけっこうあたしとかぶっている。彼はまじめで、あたしはめんどくさがりーだった。彼は若くて、あたしはおばさんだった。それだけ。

嫌な時代だ。

派遣で切られたから助けてくださいだって、あんた、何さまだ。カンタンに切られるのが派遣だろ。カンタンに切れるから派遣だったんだろ。もうそんなこと言ったら、今度景気が好くなった時、派遣なんて後々厄介だから使うのやめようってなるぞ、やめとくれ。

嫌な

え、ミスチル、追加公演あるの?スタジアムだべ?だろ?
ですよね。ですよねぇ。やらなきゃねぇ。きっと行けるよねぇ。
いっぱいの人が、行けるもんねぇ。
いっぱいの人が、幸せになるものねぇ。

いい時代だ。

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やべっちFCって何曜日でしたっけ?

チャゲ&飛鳥ってご存知ですかなぁ、とくに、平成生まれのあなたたち。
「懐かしの名曲」という番組でしかお目にかかったことがないんだろうなぁ。

あたしらの世代だってね、もう、ジ、アルフィーさんらとニアリーイコール扱いだもの。ヤフーニュースでみかけた今日なんて、「え、この人たちの名前がインターネット上にのっかったのって、初めてじゃね?」というくらい、昭和で時が止まってるお二人(あくまで印象)。

あーそういえばチャゲアス、という人たちも多いのはしゃあない。
しかし私は絶叫したのであります。朝、テレビで「解散」ときいて。
おかげで遅刻しかけたのであります。
ファンじゃねーですよ、まさか。
ただいろいろ嫌いになれない諸事情があるのです。

まずひとつに、私の唯一無二のお友達が大ファンだということ。
彼女の風体は、一見洋楽しか聴かねーというような渋いやつだから、ファンときいた時はびっくりしましたし、それに、彼女も最初は隠してましたから。
よく言われました「あんたはいいよね、堂々とミスチルって言っても平気じゃんか」と。
嘆かわしいことです。

そんで、まぁ、彼女に連れられてライブとか行ってみたことあるんですが、これがこれが、歌がうまい。うまいってプロに失礼なんだが、なんちゅうか、生歌はすごい。二人のハーモニー、えも言われぬ美しさ。あんた「SAY YES」で泣きそうになったんよ。ありえないよ。

そいからもうひとつ、偶然にも妹があそこの事務所で仕事をしていたというご縁がある。
彼女からいろいろいろいろ聞いて、いろいろいろいろ音楽業界について思うところがありましたが、わかったことは、音楽をやっている当の本人たちは、非常にピュアであり、彼らがピュアであり続けてもらうために、事務所のスタッフは身を粉にして働いているのだということだ。ともかく、彼ら二人の人間性の素晴らしさと音楽に対する無邪気さを滔々と聞かされたものだ。
あ、そうだ、妹に「チャゲ&飛鳥」とメールしたら「漢字で書くなよ、表記が古くて一層懐かしい感じなる」と怒られたのだった。

そういうわけで、「解散」は、時代の流れも感じて寂しいなぁと思っていた。

そしたら、事務所が否定した。
「無期限活動停止」だと、言い張った。

なんてかっこわるいんだ、ここへきて。
ヤフーなんかは「また戻ってくると言ったサザンとは違って潔し」なんてあったが、そうだろうか。
あたしがファンなら、なんでまたこんな生殺し状態宣言するんだよと思う。
「必ず戻ってくるから待ってろ」としたサザンのほうがどんだけファン想いか。
待たせるなんて、どんだけかっこいいんだ。
待つほうだって、その時間がどんだけ幸せなことか。

終わりじゃないから、いつかあるってことだけど、でも無期限でしょ、つか無期限ってなによ、活動を止めることに期限が無いってことでしょ、活動開始する日が来ないってことでしょ、だから、やっぱりそれって終わりってことでしょ、てことはよ、つまるところ解散ってことじゃないわけ?

と、かわいそうなファンは頭を痛めているのではないだろうか。

したら今ヤフーみたっけ、「活動停止宣言」すらも、削除されている。
これでは、もう、タネも仕掛けもまる見えである。
そもそも彼らはずっとソロ活動をしているのだ。
今さらわざわざ活動停止宣言なんてしなくていいのだ。
したら、何故こんな宣言したかって、何故こんな報道が実しやかに流されたかって。
30周年のアルバムを売るためだ。
思惑通り、ほれ、ヤフーに初登場(あくまで印象)。

アー嫌だ。悪いけど、嫌な感じだ。
売れなくなったらなぜか怪我したり、スキャンダルが流れる女歌手たちとどこが違うんだ。

さっぱり終わってくれたらほうが、その存在のありがたみがわかるってこともある。

たとえば今、矢部のいない「ゴチになります」を見ていたあたし。
あら、なんか寂しい、あら、あたし、いつも矢部中心にみてたのかも、
あら、あたし、けっこう矢部好きだったのかも、と、しょんぼりする自分に気づく。
その矢部がちらりと登場するや否や「やべっち!!!」と絶叫するあたし。
初めて矢部をやべっちと呼んでしまった自分にまた気づく。
所以、彼の存在を待ち焦がれていたのは間違いないわけで、彼がきれいさっぱりいなくなったおかげで、彼の存在の大きさを改めて確認できたのだ。

おおげさか。

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Mr.Childrenチケット先行残酷物語(最終話)(再)

たかだか2週間前、潔く最終話としたのだが、そう言われちゃうと、もうイッパツくらい当てたいのと欲張るのが人の性。
「どこか1日でも行ければいいのよ」って殊勝な気持ちもどこへやら。
「長野は5月なの、それは未来過ぎるの、3月あたりにほすいの」と図々しくもなってくる。

ぴあ宮城先行、これでほんとほんとに打ち止めだ。
もう泣いても笑っても、もももう、あそこのおっちゃんたち、何も出してはくれないよ。

でもって、カード払いを2口持っていたとすると、第3希望まで出来るよって言われても、1日目と2日目をそれぞれ2口で応募して、どっちも1日目が当たったらどうしよう、って心配する私はなんてオメデタイのだろうと感心されそうなんだが、そうではなくて、単に、金がもったいないというだけである。
なんつっても1枚の応募だ。何かの、ミスチルサークルみたいな団体に所属しているわけでもないから、ダブれば、それはすべて自分におっかぶってくる。
チケット争奪戦つて、なんか運動会の競技みたいだけど、楽しめるのは、当選する強運の持ち主よりも、金持ちだ。

大体、宮城ってあたりがしょぼい。長野もしかり。
バスで往復1万円以内圏内でないと、無理なのだ。
バスだ、そうだ、バスだぞ。
女ひとりで、うれしーも藤やんもない、深夜バスの旅だぞ、何が悲しくてだ。

ちゅうか金のことを言ったら、思いもよらぬUNICORN復活で、散財は×2となるのだから(こちらも当選未確定)、常識人なら行けない、いや、行くべきではないと判断するのだ。

だが、そこに先行予約という文字があれば、私はそこにチャポンと身を投げてしまう。
まるで、ただで行けるのよねのノリで。お金のことは当たってから考えようと言って。
考えただけじゃ金は入らないのよって、ヒャクも承知。

金、あー金、金だよ。

長野2日間なのよぉ。ってこれ自慢よ。立派な自慢なのよ、わかりづらいだろうけど。
2日間ってさらっと言いましたが、インターネット社会となり、チケットが非常にとりづらくなってからというもの、ミスチル2日間行けるなんて、皆無だ。快挙だ。

当日券を狙う、けな気な人っているんだろうか。
ったくほんと、誰が考えたんだか。
どうせ何十枚。でもその話を何万人に言ったら、何万枚に聞こえるんだよ。
あんだよもう、ファンもずいぶんバカにされたもんだよ。

バカにされても、いかなる犬こんちくしょうの扱いを受けても、
我々は未来永劫Mr.Childrenにしっぽを振って着いてゆくことを誓います。

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カサカサ薄毛女、てとこか

有吉があだ名をつける名人ということで復活しているみたい。
私はユニコーン復活で頭がいっぱいだったのに、テレビを見てたら、有吉がある人物につけたあるあだ名を思い出してしまってそれをさっさと整理して忘れるために書く。

あだ名芸人とかいってますが、「クソ」とか「野郎」とか、ただ悪口を、しかも小学生並みの言葉を羅列してるだけのような。ならあたしにだってできる。

やっぱり松本人志がサンドイッチマン伊達につけた「溶けかかったロウソク」のように、そのあだ名をきいてから、その対象人物を見ると、芸術性さえも感じるような美しいものでなければならないと、そうでないと、テレビで言うほどのシロモノではないのでは。

逸れましたが、そんな微妙な有吉が、中山秀ちゃんにつけたあだ名はよかった。
「バブルの生き残り」
これは、秀ちゃん全盛期を知っていて、そして、そんな彼をすこし素敵と間違って思ってしまった人、そういう、良いも悪いもわかんなくなった酷い時代にストライクで過ごさざるを得なかった人でないと、その本意がわからない、秀逸なあだ名だった。

そんでもって、広末涼子を見て、彼女にもピタリとあてはまるじゃないかと。
そう思ったら、そうだ、内田有紀もだ、あ、アグネスチャンもじゃん、いやまて、久本だってそうじゃねーか、と、カスみたいな生き残りはわんさかいて、ほんとうに、芸能界ってどんなそこはかとない渦が巻いているのだろうと思うわけだ。

ともかく、今、目障りなのは、さし当たって、広末だ。
いつ芸能界から死ぬのだ、彼女は。いい加減にして欲しい。
どこに需要があるんだ。

「トライアングル」非常に面白そうなんだが、キャスト陣も錚々たる面々なのだが、広末が出てくると、がっくしである。安い。
パリで豪遊するお嬢さんって、ぜんっぜん見えないんですが。
つか、おじょーさんって歳でもねーっつの。

さ、整理終了。

本日久しぶりどころか音楽をデジタル化して初めて、UNICORNシャッフルをして帰った。

だので次回はUNICORNのことを書こう。
たまには友好的な記事を書こう。

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天使の微笑み

 忘れないために
 記憶から消すために

ただの愚痴を言います。

3人くらしです。父と母と。
住まいはボロ都営マンション、家賃は12万円の3DK駐車場料金込みです。
駐車場使用者は父です。

私は6万円を払います。
母は食費光熱費など全ての支払いをします。
私は日々の買い物掃除食器洗いをします。
母は日々の食事とトイレ掃除とゴミ出しをします。
私は月~金自給1400円の派遣で9じ30から17じ30まで働きます。
母は火~日自給900円のパートで13じから18じまで働きます。

父は6万円を払います。
彼は不動産屋でしたがバブルがはじけて、すっからかん、いや、赤資産です。
だので70過ぎて、デイトレーダーに転身したそうです。
だからってやっぱり赤算だそうです。
PCの前で座りっぱです。
なぜならデイトレーダーだからです。
週2日、友達の不動産屋を手伝っているそうです。
でもそれ以外はほとんど座っています。
だってデイトレーダーだと言い張るからです。
でも15じ以降はストーブの前で新聞を読んでいます。
ひたすら読んでいます。たまに昼寝ぶっこいています。

さっきテレビを見たかったのですが、父の食後の片付けをしないと、母が気を遣ってやってしまうので、私が急いで洗っていましたら、隣りで父はテレビ見て大笑いをしていました。

死ねばいいのにと、どうか死んでくれと、心から呪いました。

小さな頃から毎日、母から父の悪口ばかりを聞かされていたからだ、とか、
父が幼い私たちとひとつも会話をしなかったからだ、とか、
いろいろな、後乗せサクサク的な要因もあるでしょうが、
どれもこれも、私にしたらただのやっぱりサクサクです。

人は生まれながらにして善であるというのにはほぼ同意しますが、私に関しては、違うと思います。私はきっと、どんな状況の家庭環境であっても、同じだったんじゃないかと思います。そう思わないとやってられねーです。

テレビで榮倉奈々ちゃんがニコニコしていました。
天使の生まれ変わり、つか、まだ天使のままなんじゃねーかと思うほどでした。
この子はきっと、私と同じ状況に生まれたとしても健気で素直なんだろうなと思いました。
いっしょうけんめいがんばろうよって、家族ににっこり微笑みかけるのだろうなと。

本当に本当に、長野ですが、ミスチルのチケット当たってよかったと心から思います。

そしてこんな悪魔の生まれ変わり、つか、この先ずっと悪魔のままでも、
ミスチルの歌を聴いてていーなんて、ほんと、恐縮です。

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ゼロかヒャクだろ

なんで?ちょっと!ちょっと!MusicLovers!!
まずね、「少年」をカットしたことを、ぶーたれましたよね、以前。
そしたらあんた、「花の匂い」までカットしてたわけね?
でもまあいいよ、今日放送するってんだから。

でもさ、だったらだったらさ、フルで放送しろよ、どうせなら!
さもなきゃ放送するなよ!

あー腹立つ。腹立つ腹立つ。
歌をなんだと思ってんねん!!
カレーのルーだけ食わせてどうすんねん!
オムライスのたまごだけ食わせてどうすんねん!

あげくマッキーの名曲、LOVE LETTERまでぶった切りやがった。

わからん。トークなんていらない。いっこもいらねー。
歌だけやれ。まるまるやれ。
最後までやらないなら、一秒もやるな!
とくに、名曲に対してそういう扱いをするな!

ファック。

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「相棒」(亀山不使用版)をそいえばみてた

今日で終わりだ正月休み。
とはいえ、特に。
だって普段から1週間のズルなんてやってますので、特に。
お得感も、残念感も、特に。
ただただ、働きたくないだけである。

そいやーおやじに言われました正月早々。
「このご時世、派遣でも仕事があるだけいいんだから、とりあえず今のところでやって、少ししたら、もっとおもしろい仕事をしろ」

あ?おもしろいって?

「やりたいことを見つけておけ」

や、やりたいこと?・・・えー、あたしのやりたいことは、働きたくないことなんですが。

父、絶句。

まだわかってなかったのかなぁ、あたしという娘の人となりを。
つか、いくつのおばはんにやりたいことなんて訊いてると思ってんのか。

あー何も書くことがないので、じゃー「相棒」のこと。

見たのよ、しれっと、元旦の相棒スペシャル。

なんすかあれ。
まじめか。

たかが寺脇が、たかが亀山がひとりいなくなっただけで、あーも面白くなくなるのか。

ただの土ワイじゃないか、あれじゃあ。
そーじゃないから、見てたというのに。

亀山がいなくなったら、共に死ぬキャラが出てくるとは思っていたが、まさか右京というキャラまで薄くなるとは。あまりのつまらなさに驚いて、亀山の存在がこれほどまでにこのドラマに重要だったのかと、さらに驚く。

なんだったんだ?あんなに笑ったり泣いたりしてたのは?本当に同じドラマか?
もしかしたら、そもそも面白いドラマなんかじゃなかったのか?と自分のセンスを疑う。

おかんのパート仲間に相棒狂いのおばちゃんがいるそうなのだが、彼女がおかんを見つけるなり、小走りにそばに寄ってきて、

「ねぇ、見た、相棒?・・・あのねぇ、あたしねぇ、悪いんだけど、もう見ないわ」

と申し訳なさそうに言ってから、

「これから何を見たらいいのかしらねぇ、探さなきゃねぇ、それにしてもひどいわよねぇ」

とぶつぶつ呟き、去っていったそうです。

なんて切ない話だろう。
稼ぎの悪い夫、実家に一向に帰ってこない息子。朝シフトも夜シフトも入っているおばちゃんの唯一の楽しみだった「相棒」。それが、誰の気まぐれか、何の陰謀か、んなことは知らねぇ。ともかく、そんなののせいで、あっという間になくなってしまったのです。

「相棒」の映画を観に行ったとき、周囲のおばちゃんたちの大笑いが響いて、ラストには、すすり泣く声が聞こえたのを思い出しました。

おばちゃん界では若めのわたしも、そこにどっぷり浸かってました。
アラフォーなんて呼ばれない、つか呼ばれたくもねぇくそくらえ、というおばちゃんたちの楽しみはこのように静かに削り取られていくのです。

正月休みなんて寒いだけだったです。

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「夢逢」再び

あまりにレジェンドが面白かったので、やっぱり書く。
面白くて、嬉しかったから、書く。

小杉&大竹もかなり笑った。これはブラマヨとさまぁ~ずが好きだからしょうがない。
だけど、ウドが入ったカップルをはじめて面白いと思ったから、井上って才能あるかもと見直したんだけど、あれはあのまま次長課長のコントだ。

そういうところで、やっぱり松本&内村には適わなかった。
他のカップルとまるで違う色だったからだ。
たとえば、大体が、どちらかの(多くは先輩の)世界になってしまっていたけれど、
あの二人のコントは、それぞれが多くのキャラクターを演じることで、その偏りをなくしていた。

あるあるネタやイッパツギャグが横行する今のお笑い界に、もうついてゆけない私にとっては、不条理で意味不明なやりとりが畳み掛けるように繰り返される二人のお笑いは、久しぶりの笑いだった。
ありえないデフォルメされたキャラクターたちが、当然のように日常の風景の中で動き回る。
それは「夢で逢えたら」を彷彿とさせた。

ともかく二人が並んでお笑いをやってるだけで、それだけでたまらない。
そういう年代で本気でよかった。

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とりあえず笑おう

暇どす。

24時間中、20時間は寝ている。
言いすぎだが、そう言ってもいいくらいの眠りっぷり。

テレビばっかである。
今日、テレビ見てて、ほほぉと声を上げた瞬間1回目。
室井佑月が小室のことをこう絶賛していた。
「才能があっても、生きる能力のない男」。
小室に才能があったか否かはおいといて、ほほぉと言ってしまった。
私はこの室井のおばはんが大嫌いだが、言ってしまった。

あたしも好きだ、きっと、そういう男が。
そしてそういう男は往々にして音楽バカに多い。
しかしそういう男は往々にして、嫌な女が好きなのだ。
女に嫌われている女だ。
顔がかわいいから嫌われてる、では決してない。
私の経験からすれば、そういう女は見た目もびみょーなのが多い。
それから、とにかく、センスがない。
今どきストレッチブーツですか、とりあえずバッグはヴィトンですか、みたいな。
性格もきついから年下からは怖がられ、年上からは疎まれる。
けれど嫌われてはいけない人だけは、最小限に、ピンポイントで抑えている。
故に、一層、女から反感を買う。
そしてどういう訳か、私が素敵と思う男は、そういう女が大好きなのだ。
その訳が、今日の室井の言葉で少しわかってしまった。

同姓に嫌われているという致命的な欠陥があるにも関わらず、その荒波に逆らうように、媚も売らず、なんだかスマートに生きている。これは頼りになりそうだ、僕には生きる術がないが、彼女といたらうまくやれるかもと、まず考える。
けれどそんな男はバカなプライドも高いもんだから、とりあえず彼女のことわかってあげらるのは、この才能のある僕だけなんだという思考にシフトするんだろう。

世間体の、というか自分の中だけの、「オレ」という株を上げつつ、その実、自分の頼りなさもこっそり補ってくれる女に魅かれる男に魅かれる私。

なんか新年早々、不快な方程式を解いてしまったような気がするので、
ほほぉと言った瞬間2回目。

ドリームマッチ09。とうとう、ウッチャンと松ちゃんがペア。
あー懐かしや。
見るぞ。私はお笑いの詳しいことなぞわからん。
よって、ともかく面白いか面白くないしか言えない。
だもんで見た後の感想なんて記事にはできないから、見るぞとだけ書いておこう。

あー設楽って面白い。あー小杉って面白い。
やっぱりつっこみに注目してしまう。
つっこみ面白くてなんぼだ。

あ、レジェンド松本&内村が始まる!
大笑いをさせておくれ。

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鼻から牛乳ほどの驚喜

 君は僕を忘れるから
 そうすればもうすぐに君に会いにいける

大好きなバンドが解散するということを味わったことがあるでしょうか。

それはそれは想像以上につらいものです。

毎日その人たちの歌を聴き登校し、休み時間にはその人たちの話をした。
次のLIVEのために洋服を買い、次のアルバムのためにお小遣いを貯めた。
その人たちの音楽で、悲しみを吹き飛ばし、幸せを倍増させ、未知の恋を味わい、未知の絶望を味わった。
大人という大人を片っ端から嫌いになったら、残ったのはそのバンドの大人たちだけだった。
何をするにも、方位磁石。大げさだけど、本気で、一生懸命、そんな毎日だった。

そのバンドが突然もうやらないと言う。
悲しむファンに「死ぬわけじゃないんだから」と言い残して。

そうだ、ソロ活動するから、まぁいいやと流した。
でも少しして、そのバンドの音の代わりにはならないことに気づいて、つらくなった。
かと言って、再結成されてはかっこ悪いかもと想像して、だから、思い出にして、忘れた。

では実際、大好きだったバンドが再結成するということを味わうとどうなるか。

それはそれは想像以上に嬉しいものだった。

ユニコーン、再結成!!!

嬉しい。諸手をあげて嬉しい。新曲、LIVE、あぁいと嬉しい。
ひとっつもかっこ悪くない。
きっとこのバンドの性質。
なぜなら彼らはずっとかっこ悪かったから。否、かっこつけてなかったから。
やってる音がかっこよかったからそれで十分だった。

音楽とは楽しいものだと教えてくれたバンドです。
楽しければそれでいいのだと教えてくれたバンドです。

ほんとに、忘れた頃に帰ってきました。

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GIFT~後頭部Ver.~

まさかの後頭部出演、おめでとうございます桜井和寿さん。
NHKのカメラさんの舌打ちが聞こえてきそうな画でした終始。

まあでも、フルコーラスですから。え、でしたよね?
すいません、半分酔っ払ってましたから。

ただ、前情報でバックに何十人ものコーラスがうんたらと訊いてたから、え、別に、ゴスペル調の歌でもないのに、なんすかそれ、また宗教音楽と揶揄されてしまうじゃないか、と覚悟してたので、ああゆう感じでよかったです。

ああゆうかんじと言うのは、なんちゅうか、Mr.Childrenの歌ってなんか聴いてると自然に口ずさみたくなるよねどんな悪人も、という、そういう気持ちを代弁してくれたような演出というところがよかったです。
正装したコーラス隊が直立不動で合唱するのかと思ってたから、それよりはよかったと思っただけなんで、ちょっと褒めすぎたか、いいじゃないか、年明けだ。

にしても、ずーーーーっと、ずーーーっと、初めて紅白をチャンネル変えずに見てましたが、ミスチルの部分だけ、別番組のようでした。あれは、紅白という場を借りた、ミスチル忘年会の生中継のようでもありました。

いい顔で唄ってたねーといいたいのですが、後頭部の記憶しかありません。
いえ、後頭部90%の、笑顔10%だからこそ、その少ない瞬間がより輝いていた。
ということで、いいです。彼は顔ではなく、歌で勝負してます、常に。

いざ唄い出したら予定調和から外れてしまったのだというなら、素敵です。

誰かが決めた新しい年。
これからも、誰かが決めたカレンダー通りに私は休み、働き、休み、歳をとる。
何にも捕らわれないMr.Childrenの歌を聴きながら。

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